今日は暑くて気持ちのいいお天気でしたね!
今日も夕方6時ごろ、雷が鳴りましたね!
2026年7月31日(金) 晴れ 丹野智文著
認知症の私が今を楽しく生きる理由 より
地図アプリのフル活用。
移動には地図アプリを活用します。私はGoogle マップを使っているのですが、目的地や出発時間のほか、公共交通機関で移動すると設定して、出発時間になったときに、リマインダーを受け取るの機能をオンにすると、アプリが降りる駅や乗り換え駅バス停が近くなったときに通知してくれるのです。
私はさらにApple Watchに連動させているので、降りる駅やバス停が近くなると、ブルブルと時計が振動して、乗り過ごしが少なくなりました。
アプリを活用した移動の工夫(電車乗り換えアプリ等)
電車の乗り換えアプリなら、何番線や何線、どこ行きなど全て書いてあるので、その通りに乗るだけで間違いが少なくなり、不安が軽減されます。
しかし、それでも乗り換えがわからないときには、人に聞くようにしています。その時は、先程のヘルプカードを使ったりします。
また、ホテルや飛行機などの予約もアプリで行います。予約内容がメールやアプリで何度も確認できるので、予約を見直すことができて安心です。
交通系icカード
Suica等の交通ICカードを使うことで、その都度切符を買う必要がなくなります。入金(チャージ)もスマートフォンからでき、料金を調べて切符を買う手間がなくなるので、気持ちも楽に移動できます。
外出時に使うものを紐でつなげる。
ヘルプカードと地下鉄やバスの乗車証(ICカード)と家の鍵を、紐でカバンやズボンのベルトループなどにつなげている人もいます。
なくす心配もなく、紐を引っ張ると出てくるので、どこに入れたかを探す必要がなくなりました。
紐も色や太さを変えることで、何につながっているのかがわかりやすく困らなくなりました。
移動時の持ち物の工夫。
自分のステッカーを貼るなどもいいと思います。
その他のアプリや、ウェブサービスの活用
海外講演に行った時は、翻訳アプリを使って対応しています。
英語ができないからと諦めるのではなく、ITを使うことで補えることも多いのです。
また、単語がわからなくなったときなどはChatGPTを使うこともあります。
ChatGPTはAI (人工知機能)チャットサービスです。
例えば、ピアスと言う単語を忘れてしまったとします。娘がつけていてかわいいと思ったんで、褒めようとしてもなんと言ってかわからない。そんな時には女性が耳につけるアクセサリーの名前は?とChatGPTに入れるとピアスやイヤリングと教えてくれます。
最近は悩むより先に調べることが多くなりました。
スマート家電を活用する当事者
これは他の年配の当事者のケースですが、今日はデイサービスの日なのか病院の日なのか地域の集まりの日なのかなどの予定を確認したいが家族に聞くと、また?さっきも言ったよと言われて嫌な気持ちになり聞きづらくなった経験からGoogle Home音声で質問などに答えてくれる。Googleアシスタントを搭載したスマートスピーカーを家に置いたそうです
家族とケアマネージャー、デイサービスの職員にGoogleカレンダーを共有し、予定を入れてもらうことで、スピーカーに予定や天候、今日の日にちなどを聞けて困らなくなり、家族も何度も同じことを聞かれることがなくなってイライラしなくなりました。
また、別のお年寄りの当事者は、夜中にトイレに行くために起きた際、電気をつけようとしたところ、ベッドから落ちて打ち身になったそうです。
その人は、アレクサ(アマゾンのスマートスピーカー、アマゾンECHOの音声サービスを)家の電気と連動させ、電気をつけての声で点灯するように設定し、ベッドから落ちる心配がなくなりました。
テレビやエアコンのリモコンもどこにしまったかわからなくなることもありますが、テレビもエアコンもアレクサと連動させたらリモコンがなくても問題がなくなります。こんなふうに生活に相手が入ることで、認知症の人と家族間のトラブルが少なくなったり、本人の不安が解消されたりするケースはたくさんあります。
今後はもっともっと便利になっていくのではないかと思います。
アプリを活用したコミュニケーションの工夫。
ピアサポートの場なので、耳の遠いお年寄りと話をすることもあります。
耳元で大きな声で話をしても嫌がられますし、理解されにくいので、そんな時は文字起こしアプリを使っています。
私の話していることが画面上で文字となり、お年寄りが読んでくれて、きちんと理解されたこともありました。
私が使っているのはYY文字起こしというアプリですが、それ以外にもたくさんのアプリが出ています。
考え方の工夫。
同じ地域の仲間で、ノートを何度も買ってくる当事者がいて、家族はその行動に悩んでいました。
もともと学校の先生をやっていたので、ノートが必要と思ってしまうようで、数十冊溜まっていたそうです。
児童館や施設等への寄付を提案したところ、寄付された児童館からその当事者にお礼の手紙が届いたそうです。
私の場合は、買いすぎてしまったガムを会社の同僚にあげたら、チョコレートになって帰ってきたことがありました。
そんなやりとりになれば、認知症による失敗ではなく、楽しい経験、うれしい経験になっていくと思います。
こんなふうに、買いすぎてしまうのを防いだり、止めたりするのではなく、発想転換して、多く買ってしまった商品をどこかにプレゼントできる仕組みができると考えています。.どこかに寄付したり、別な品物と交換できたら、みんなが嬉しい循環になるのではないでしょうか?
食べ物なら、フードバンクなどがこの役割をしても良いと思うのです。
認知症の人を殺さないでほしい。
映画オレンジランプケアニンシリーズ。
原作脚本プロデューサー
山国 秀幸
丹野さんと初めてお会いしたのは、上海での日中交流福祉シンポジウムです。
丹野さんは認知症当事者として、私は介護をテーマにした映画のプロデューサーとして講演を行うことになっていました。
しかし、現地で時間を共にする中で、丹野さんが認知症の症状と向き合い不安を抱えながら、そっれでも前WOむいて生きる姿に心を打たれました。
またその温かい人柄に触れ、自然と互いの距離も縮まりました、帰国間際、丹野さんが言いました。
山国さんの映画は全て拝見しました。どの作品にも認知症の当事者が登場しますが、それらは全てケアをする側の視点で描かれています。
当事者の視点もぜひ知ってほしいのです。
その一言に、私は愕然としました。確かに、これまでの取材では、ケアする側の人々に焦点を当てることがほとんどでした、
自分が見てきた認知証は、ケアする側からの否定に過ぎなかった。
その片側の視点だけで、映画を作ってきたことに気づき、恐ろしさすら覚えました。
それから私は改めて丹野さんを始め、多くの認知症のご本人に取材を重ね意見を反映しながら脚本を練り上げました。
こうして完成したのが、映画オレンジランプです。
今では、丹野さんは私にとってかけがえのない友人であり、映画制作のアドバイザーです。
私が迷ったり感じたことを全て丹野さんに相談し、意見をもらっています。
これからも丹野さんとともに歩み、人生の景色を広げたいと心から願っています
認知症の人が1人でも笑顔になれば良い。
のぞみメモリークリニック医師
木下 徹
認知症と診断された時、彼は長らく落ち込んだ。
認知の人との出会いをきっかけに、その闇からどうにか這い上がり、人前に出るようになった。
普通なら、認知症と診断された苦しさを切々と訴え、今の自分はこんなに大変なのだと言いたくなるはず。
認知症になった自分の言葉をよく聞けと願うはず。
しかし、彼はそれをしない。自らの認知症の不自由さを抱えつつ、そんな事はどうでもいいと言う
ひたすら、認知症の人が1人でも笑顔になることしか俺興味ないからと言い続ける。
そして、何よりも、普段自分に与えられた仕事を愚直に実行するだけです
当事者の自立を奪うもの
認知症の進行は、遅らせることはできても、今の医学では止めることはできません。
ですが、私は、次の2つの事は、周囲の努力によって止めることができ、それによって認知症の当事者の自立(自分でできる、自分で決める)
も守ることができると考えています。
①心配な気持ちから1人で出かけるのを禁止すること
1人で出かけられず、財布や携帯電話を取り上げられると、当事者は全ては諦めて鬱になります。本当は嫌だとしても、自分の病気で心配をかけて申し訳ないと言う気持ちから嫌とは言えないだから、全て諦めてしまうのです。
先回りの行動は、親切心から生まれるものですが、それが当事者の力を奪っていることに気づいていない人が多いのです。
認知症と病名がついたからといって、すぐに全てができなくなるわけではありません。できることを奪われたり、気持ちが落ち込むことによりできなくなっているだけなのです。
できる事は奪わない失敗することを奪わないことが大切です。
当事者は何に困っているのか、地域包括支援センターや介護保険の窓口等に相談に行くことが多いので、話を聞いた。福祉の支援者は家族の困り事に目が言ってしまいます。
ですが、家族が困る前に、最初に困っているのは当事者なのです。
周りの人たちの心配と優しさから、今までの生活を続けていくことができなくなってしまうからです。
そして、さらに、当事者の気持ちが落ち込んで大変になると、家族は新車に自分の大変さを伝えるようになり、当事者の大変さは、いっそう見えなくなってしまうのです。
もちろん、認知症の当事者にとっても家族のサポートは大事で、認知症の症状で記憶はしづらいことなど助けて欲しいこともあります。
工夫しても、それが合っているのかわからないこともあるので、常に不安との戦いなのです。
不安な事は助けて欲しいけれど、自分でできることまで奪わないでほしいと言う事は、認知症があるなしにかかわらず誰でも思うはずです。
例えば、包丁を使うなどの手続き記憶は、認知症の人は忘れにくいのですが、それさえも家族からの先回りで奪われてしまうから、怒ったり無気力になったりします。
認知症と診断されても、その日から何か変わるわけではありません。
本当に介護が多く必要な重度の状態の前には必ず診断直後や軽度の状態があります
その人にとっての過ごしやすい環境を作ることが大事です。
認知症の人に残る感情の記憶。
認知症の人は全てを忘れるわけではありませんが、記憶に確かさがなく、覚えることが苦手なので、常に不安です。
だから、何度も同じことを聞いてしまいます。
ドキドキ、ワクワクしたり、楽しい役に立って嬉しかったなどの感情が生まれる事は記憶に残りやすいですが、逆に嫌な気持ちになったことも覚えています。家族は本人を叱咤激励激する気持ちでしっかりしてなどと悪気なく言ったとしても、当事者にとっては悪口や否定に感じられて、それを覚えていることがあるのです。
家族に心配させたくないから動かないのではなく、安心してもらうために当事者の努力も必要だと思います。
しかし、本人が努力したくても、何をするにも周りがダメできないから、無理と言ったりしたら、その努力もできないのです。
まずは当事者が努力できるように見守ること。時間がかかると思いますが、家族や周囲の人には待つ勇気が大切です。
傾聴より会話を
家族も支援者も、この誤った先回りをしないために、まずは、当事者の話を聞いてほしい、そして会話をしてほしいです。
会話は通常、話し手と聞き手を交代しながら話し合うことで、まず自分のことを話したら、次は相手の話も聞くと言う交互のやりとりです。
人と人はこの会話によって関係性が出来上がっていくからです。関係性ができれば自分の気持ちや困り事も話す気持ちになってくるはずです。
これは実体験ですが、自分の事は話さずに、こちらに質問だけをしてくる支援者がとても多いです。
介護や支援の業界では傾聴が大事だと言われますが、当事者が求めている事は普通の会話です。
傾聴は、相手の話を否定したりせず、なぜそう考えるのか聞き取っていくコミュニケーションですが、今まで、当事者は自分の気持ちを話したり、会話をすることが難しいと思われていたので、ただ話を聞くと言う傾聴が当たり前となっていたのかもしれません。
また、話す内容も前向きになれるものだとうれしいです。
昨日の夜何食べたっけ?などを忘れたことを思い出せる質問ではなく
今日の夜何食べたいと言う会話の方がワクワクしていいと思いませんか?
以前お会いした傾聴ボランティアの人は、認知症の人とはまともに意思疎通ができたことがないので、認知症の人に傾聴はやらなくなったと言っていました。関係性もできておらず、当事者の力を信じられていなかっただけではないかと私は思いました。
認知症の人は、毎日苦労して、不安に悩まされながら生きています。でも、失敗しながら、それを工夫して、生活をしています。
家族の方も大変かとは思われますが、認知症の当事者の方の事に耳を傾けて認知症の方とも一緒にワクワクするお食事会などに、お友達を誘ってあげて下さい。😀 田中 深雪ヘルパーより
