スーパーでお買い物してきました。
認知症の私が、今を楽しく生きるためのホームページを作りました。
2026年8月5日(水)、月曜日の朝。
まだ、言う必要がなければ、言わなくていいですよ。
それから、一緒に病名を伝えたほうがいいと思えば伝えていいけれど、病名だけでなく、今これはできるよ。これはちょっと苦手なんだよってことも伝えるといいですよ。
それと、もう一つこれをやりたいよってことも。
私の経験上、できること、できないこと、やりたいことの3つを伝えると、人は離れていかないです。
私も会社に行って、やっぱり同僚の顔とか忘れちゃうんですよ。
こないだも誰だっけって聞いたら、丹野さん、本気で言ってます?って笑われちゃうんだけどさ。
それでも、ちゃんと教えてくる仲間たちも言います
忘れてごめんねとか言って、うまくやってますよ。
サポーターの視点
本人にも、認知症を人に伝えることについて、必要がなければ伝えなくてもいいと言うことを前提にしつつ、伝える場合のコツをアドバイスしました。
そういう関係が築けていればいいですよね。
ここでも、人に認知を与えることの壁について共感をしながら、自分の経験談を話しています。
お仕事は続けているんでしょう?
丹野さん、今の仕事の仕方と考え方(できること、できないことを相手に伝えながら、できることをしっかりやっていること)を説明する。
家でも同じで、簡単な事は手伝うけど、例えば食器洗ったら後はお願いねと言うようにしています。
家では、夫が全部やってしまうんです。だから、私なんか、忘れてしまうみたいで。
あのね、ご主人、とても大切なことなんだ。
何でもやってあげると、家での居場所がなくなっちゃうんですよ。
料理1つとっても、切るのができないのか、煮るのができないのか、味付けができないのかを確認してあげるといいと思う。
この味付けができないだけで、座っててと言われたら、居場所がなくなっちゃうんですよ。
家に居場所がなくなったら、黙って出て行くようになって、徘徊なって話になるので。できる事は、やってもらったほうがいいですよ。
そこで、間違ってもいいです、失敗してもいいですよ。
だって昔からだから。
難しいよね。
だって朝起きたらまぁ1時間位で朝食食べたいじゃないですか。
私もね、朝起きたらパンは自分で焼くんですよ。でも、隣の部屋でテレビとかついてて消しに行くともう忘れちゃう。パンは真っ黒ですよ。
でも、妻はパンを焼いてくれないんです。パンあるから焼いたらって。じゃあ、つぎはどうするかと
言うと、パンにつきっきりですよ。
そして、取り出した瞬間、成功体験で終わっているのです。
一度失敗したからと、ご主人がやってしまったら、杉下さんにとって失敗体験のままになっちゃう。
すると、失敗したくないから、これから全部人にやってもらうってことになります。それじゃあ、ご主人も大変でしょう。
失敗したら、どうやったらうまくいくかって考えればいいんです。
サポーターの支店
夫が全部やってしまうなど、本人の気持ちが見え隠れしているので、自分の失敗や経験も交えて、失敗しても工夫すればいいと言うことをお2人に向けてもう一度話しました
時間の観念とか、1週間の予定とか、どうしてるんですか?
丹野さん、携帯のアラーム機能を駆使していることを説明。
慣れていないと難しいでしょうし、使わなければ使わないでいいんだけど、こういうものもあるってことです。
サポーターの視点、
自分より年配のご夫婦なので、新しいものを取り入れることの難しさに理解を示しつつ、1つの工夫として、携帯のアラームの機能を紹介しました。
自分で相当努力されている。
やっぱりそうしないと、何も行動できなくなってくるから、子供はだいぶ大きくなって働いているからいいんだけど、住宅ローンが残っているから、頑張らないとね。地元の仙台でね、男性介護者が奥さんの下着を買いに行くのが1番困るって言ってたんです。
で、認知症の当事者、本人に聞いたら、誰も夫に買ってきて欲しいって思っていないって。
ここが噛み合っていなかったので、女子会を作ったんです。
1人の支援者と5人ぐらいの当事者とで、下着や洋服を買いに行く。帰りにおいしい紅茶とケーキを食べて帰ってくるんです。
旦那さんはお金だけ出してと言ってます。
サポーターの視点
女性の当事者の方なので、地元の仲間の中で、女性の当事者と介護者の夫のケースであった
食い違いの話を、具体的にしてみました。
なんか、出かけていくと心配になってくるんです。
そうだよね。これも大切なことなんだけどね。
私が道に迷って帰りが遅くなったとき、妻がパパ遅くなったねって言うから道に迷ってさって。そしたら妻はあぁそうだったので終わり。
他の家庭はさぁ、迷ったらもう出かけないでって言うところもあるよ。なんでうちはこんなに自由なの?って聞いたら、パパのこと心配はするけど、信用してるからって言ってたんです。
これって、子育てと一緒かもね。
サポーターの視点
心配することは仕方ないけれど、本人のことを信用してほしいと言う話を、自分の経験で伝えました。
お〜つ。すばらしい。
できることをさせてあげたほうがいいですよ。どうしても認証になるとできないことに目がいってしまうんですよ。奥さんはまだまだおしゃれもできるし全然いいんじゃないかなそういうのに目が行くと楽しいんじゃない。1つ2つできないことがあったらそこだけ助けてあげればいいよね。
ありがとうございます。元気が出ました。気持ちが楽になりました。
こんな元気な方だと思わなかったです。ありがとうございました。
実は私、子供の顔を忘れることがあるんですよ。
本当ですか?
この顔がうちの子供の顔なのかなって感じなんです。仕方ないですよ。
その不安との戦いを、病気を公表して、どんどん周りの人に知ってもらったら、子供の方から、
パパ今わかってないでしょう。パパ〇〇だよって言ってくれて。
という感じなので、杉下さんもぜひ頑張ってください。
ありがとうございました。
丹野さんの一言。
杉田さん、夫妻とのピアサポート
女性の当事者と介護者の夫の2人でした。
介護者が夫の場合、当事者である妻の介護に
仕事のように、黙り込んでしまって、当事者のやれることも奪ってしまうようなケースは、私がピアサポートをやる中でもよく出会います。
私の体験談や、笑顔を見て、杉下さんも笑顔が多く出てきていました。
旅行の事や、家事の事など、自分の気持ちを言うことができ、最後は笑顔で帰っていかれました。
他人の気持ちを見る、天才 脳科学者 恩蔵絢子
私が丹野さんと初めて話したのは、2021年1月盛岡認知症カフェ連絡会のオンライン講演会の時でした。
私と丹野さんがそれぞれ話をした後に、パネリストとして並び言葉を交わすことができたのです。
当時は、母がアルツハイマー型認知症と診断されて、5年が過ぎた頃で、私は母の独り言に悩んでいました。
何を話しかけてももういいね。もうやだねと言われてしまい、母とコミニケーションが取れなくなったかのようで、私はとても疲れていたのです。
しかし、丹野さんは、その日の講演の中で、家族には1番心配や迷惑をかけたくないから気持ちが話せいけれども、当事者同士だったらやりたいことや言いたいことが言えるようになる。自分もそうだったし、みんなそうなんだとおっしゃっていました。
それで私は母が独り言ばかりなんだけども、丹野さんのように若い方でなくても、また認知症が重度となった母のような人でも、当事者に出会ったら話せるようになるだろうかと丹野さんに質問しました。
すると、丹野さんはお母さんを僕に合わせてお母さん絶対しゃべるよと答えました。私は思わず泣いてしまいました。
今まで医師からも言われたことがなく、また私自身も諦めていた母の可能性を認め、母と私の不安を全て引き受けるるように発言だったからです
キリストが手を離れたら、重い障害が癒されたと言う話を読んだことがありますが、丹野さんの言葉を聞いたとき、母がこの人に出会ったら、本当に話をするだろうなと私は信じてしまいました。
実際に2人が対面する機会はいられないまま、母は2023年に亡くなりましたが、この出会いで私は重度となっても残るものを信じることができるようになりました。
私の不安が小さくなると、母が大切に思い続けていることなどが見えてきて、コミニケーションが再び取れるようになり、最後まで気持ちを通じ合わせることができました。
話せないと話さないの間の細やかな違いに気がつき、他人の気持ちを見る天才が丹野さんです。
実際、認知症では、新しい記憶を作る、海馬など萎縮する部位はあるものの、無事な部位が最後まで多くあることがわかってきました。
自信を失った経験があり、人と出会って不安がなくなると、どれだけ多くの能力が新たに身に付けられるのか、それを試し続ける人だからこそ、丹野さんは、まるで脳スキャンでもするかのように、その人に残っている能力や感情が見えるのだと思います。
認知はどうでもいい、友人だから。
株式会社あおいけあ 加藤忠相
初めて、丹ちゃんに会ったのは、2015年4月18日ジャーナリスト大熊由紀子さん主催のえにしの会プレスセンターホールだった。
打ち合わせでお会いしたときには、同世代のイケメン男性という感じ。きれいな奥様と一緒だった。その後登壇した丹ちゃんが話し始めた時、僕が感じた。感動は会場の人たちとは少し異なったものだったかもしれない。そう。まさに僕にとっては北極星が現れたと言う出会いだった。
これまで、介護事業を運営する中で、毎日のようにお年寄りと話をしてきたし
認知サポーター養成講座を何度も開催してきた。その中で日を持つ方の気持ちを考えてみたけれど、全て推測でしかなかった。
そもそも福祉職は語るあなた、あなたの気持ちわかります。見たいものに嘘だろ…と嫌悪感すら持つ僕にとって、本当の意味での認知症がある方の理解と言うのは大変なことだった。
しかし、その時の丹ちゃんは自分の思っていることを、自分の言葉で、本人の立場で語ってくれていた。これはすごいなって感動した。
まさに世界を変える男が目の前にいた。
それ以降、いろいろな場所で僕らは一緒になったし、たんちゃんは僕のいる神奈川県にもよく来てくれた。
上海で講演するため、研修旅行に一緒に行ったのも楽しい思い出だ。
でも、僕にとっての端ちゃんは、ただの友達で同じガンダムを見て育った世代と言うのもあって、今ではガンプラガンダムのプラモデル友達だと思っている。もう正直に
言えば、認知症とかどうでもいい。
お互いに、出せるものを出し合っている友人だ。
それは、丹ちゃんからも強く感じていて、記憶の保持が難しい中でも、ただすけと僕を呼んでくれる。
扁兆体での僕のことを好きだと認識てくれている証拠だと思っている。
先日も、秘蔵のガンプラをプレゼントしたけどさ。それでかじやしおりさんのサインをもらってくれたのをチャラにしてね。
サインよりも、僕はかじやさんのファンだと覚えてくれていることが、実は1番嬉しかった。
終わりに、これから認知になるかもしれない。皆さんへ
病気になる前の備えの事。
65歳以上では、約5人に1人が認知症を発症すると言われ、誰もが認知症になる可能性があります。
そんな中、認知症にならないための予防気にする人が多いと思うのですが、私自身は、予防よりも備えが大事だと思っています。
ならないための予防よりも、もし認知症になっても大丈夫なように備えておくと言うことです。
認知証になったとき、やはり1番大事なのは環境です。そして人とつながっていると言う感覚や安心感がとっても大切です。
もちろん、認知症になってからも、仲間を作ることはできます。
それでも、私自身の人間関係から、1番大切なのは、認知症になる前なのだと実感することがあります。
認知症になったからと周りが自動的に優しくしてくれるわけではなく、今までの人間関係はそのまま継続されていくのです。
今、友達と仲良くしていなければ、認知症になっても離れていくと思います。
今、会社で頑張って働いて、周りからの信頼を得ていなければ、認知症と診断された途端、やめてもらう方向に会社を動くかもしれません。
夫婦も、今仲良くしておかないと、認知症によって関係性が崩れ、離婚になってしまうこともあるでしょう。
大切なのは、認知症になる前の今です。
現在を大切に過ごすことが、今周りにいる人とのつながりを大切にすることが、認知症になるかもしれない皆さんの1番の備えとなります。
当事者の参加、参画について
現在、認知症に関しては、実に様々な集まりや会議などが各地で開かれています。
そして、そこには、当事者への声が、参画が必要だと、あちこちで当事者への参加が呼びかけられていますが、私自身は、どんな人がどんな場面に参加するかは、少し考える必要があるかと思っています。当事者の参加は、次の3つの段階に分けて考えることが必要ではないでしょうか
①国や県、市の施策づくりの会場への参加(希望大使など)
この場で話されている内容を理解して、話ができる人が参加すべきものだと思います。
私が、認知に関する行政の会議に出て、考えて話ができるのは、多くの当事者や支援者と話をして考える機会が多くあり、普段から考えているからです。
逆に私は、例えば介護保険のことを聞かれてもわからないし、会議に入っても意見を言えないと思います。
だから私がわからないことについては私は参画できないし、しない方が良いと考えます。
②地域活動(本人ミーティングやミーティングセンターへの参加)
自分の地域でどのように暮らしたいか、どのような、居場所なら行きやすいか、ヘルプカードの使い方や工夫などを話し合う場への参画です。
。自分の想いを話し合う場なので、、これは誰でも参加してほしいです。
③当事者と支援者と出会う為の場(ピアサポート、認知症カフェ、集いへの参加)
このような場が、地域に増えることが大切ですし、誰でも参加できます。ですが、当事者にとってはここに参加するにも大きな壁があります。
診断当初は、自宅と病院だけで精一杯で地域に出て行くことが難しいからです。
普段からそのことを考えているわけではない人、話ができない人に希望対子の活動や施策作りに参加してもらうのは、重荷にしかならないのではないかと思いますが、家族や支援者がやらせたいと思って参加させるケースが見られます。
認知症の人の参加にも、入り口(出会いの場、③) →居場所(地域活動②) →発信(施策作りなど①)
の段階があると思うので、それぞれの現状に合った場に参加することが大事だと思います。
②の地域活動の場には、積極的に行政や支援者が参加して、本人の声を聞いて欲しいです。
当事者と一緒に活動し、食事しているときに何気なく言った言葉が実は大切なのです。
何気ない言葉を拾うのが、行政や支援者の役割になってほしいと思います。
そして、当事者の話を聞くだけでなく、聞いて必要だと思ったことを、行動に移して、実現してほしいのです。
認知症になって良かったという言葉は
認知証になってよかったと話す当事者が時々ます。
仕事を辞めたり、家や外で役割を感じなくなったタイミングだったりすると
認知症と診断されて、地域とつながり役割を持ったことで生きがいを感じるようになり、実際に良かったと思って言ってるのかなと思います。
また、当事者として、講演活動などをして、人から褒められたり、注目されることで、認知症になって良かったと思うのかもしれません。
私は認知症になってよかったとは思っていません。できるなら、なりたくはなかった。けれど、認知症と診断されても、多くの仲間との出会いがあり、元気でいられることを、認知症と診断され、不安な当事者に知ってもらいたいとは思っています。
本当は、認知症になってもならなくても、地域とつながり続け、誰もが役割を持ち、活躍できる場が大切なんだと思います。
社会自体の成長も必要。
ここまで、当事者や家族、支援者への希望や思いをたくさん伝えてきました。
ですが、これらを本当に実現していくためには、まず何があっても家族が責められない環境が必要だと思います。つまり、社会全体が変わっていくことということです。
もちろん、虐待やネグレクトなど、本当にだめなこともあります。周りから見たらなぜできないのと思うこともありますが、家族の置かれている状況によって難しさが変わるものもわかります。家族一人ひとりに寄り添った支援も必要だと思っています。
当事者が笑顔になる環境、孤独や孤立を感じるに住む環境を作るには、その環境をどうしたら作ることができるかの視点
が家族にも必要です。
ですが、今は、社会からの制限によって、家族自身がそんなふうに考えられない状態なのです。
認知症の症状があっても、自宅で穏やかに過ごしていたのに、親戚や近所の人から施設、病院に入れた方が良いと言われ、周りの目が気になるあまり本人も家族も納得していないのに、仕方なく施設に入所したようなケースもあります。
社会が、家族が、良かれと思ってやっていることが、当事者のできることを奪っていることに気づいて欲しいのです。
自分の意思がしっかりしている間は、家族や支援者がが当事者を信頼し、失敗する権利を持たせることができる。当事者は何があっても自分で責任を負うことができる。
家族や支援者に責任を負わせることがなく、誰も責められない社会になって欲しいです。
そうすれば、当事者は自信を持ち、前向きな気持ちで生活できるのです。
こういう社会でなければ、誰もが安心して、認知症になれる社会にはならないのではないかと思うのです。
心は笑顔で
最近の講演活動では、最後に顔面麻痺でうまく笑顔が作れなくても、心の中では笑顔でいたいと伝えています。
顔面麻痺によって右側の顔が動かず、口の右側が上がらないので、笑っていても笑顔の表情になりません。
そんな自分の顔が正直嫌です。
しかし、心の中が楽しい時は、周りにも身体全体で楽しそうにしていると
感じてもらえているようです。
周りの人たちも笑顔で楽しそうにしています。。
認知症や顔面麻痺でできないことが出てきても、周りの人たちが楽しい一緒にいたいと感じられるように前向きな発言を続けていきたいと思っています。
私が言っている事は理想論だと言われます。本書で書いてきたことの中にも、そう思われるようなところはあったかもしれません。
でも、その理想を現実にするためにはどうしたらいいか考えてみませんか?
それが誰もが安心して認知症になれる社会の第一歩になると思います。
2025年4月丹野智文
日本人が、認知症になっても、安心して暮らせるように、社会全体で動いてもらいたいです。 田中 深雪
