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書く習慣で脳がもっと活き活きするよ!

書く習慣で脳は本気になる 茂木 健一郎氏著

書く習慣で脳は本気になる 茂木 健一郎氏著

書く習慣で脳は本気になる 茂木 健一郎氏著

2026年 8月10日(月) p128〜p158 

パソコンのキーボードにタイプした瞬間に脳の中にテーマが浮かんできて、それについて一気呵成に書いていきます。

テーマがあるから書くのではなく、書くからテーマが見つかるのです。

こんなことを言うと、茂木さんだから、そんなことができるんですよ。と言う声が上がるのは承知しています。

私には無理と思っている人が多いですが、どれは誰にもできることです。決して無理ではありません。

書くと言う行動は、自分の無意識にアクセルすることです。

無意識の中では、書く準びがちゃんとできています。

無意識の中では、これまでに得た知識とか経験が腐葉土のように積み重なっています。

どんな人でも10年たったら10年、

20年たったら20年、30年たったら30年分の腐葉土が貯まっています。

ただし、積み重ねた知識や経験が勝手に芽を出すことはありません。

やはりきっかけは必要で、それが書くことです。

書くことで、新たな回路が作られます。

書かなければ、回路が作られないし、無意識にアクセスすることもできません。

よくクリエイターにとって一番必要なのは締切だと言われますが、それはきっかけがないと書けないことを逆説的に示しています。

ロシア文学者の亀山郁夫さんによると、文豪フヨードル・ドストエフスキーの罪みと罰以降の作品白痴や悪霊、カラマーゾフの兄弟などは全て口述だそ

うです。ギヤンブルで背負った借金を返すために手つ取り早く稼ごうとして、自分がしゃべったものをまとめてもらって小説として世に出した経緯が

あります。お金のために早く本を出さないといけないから、切羽詰まって自分の中にあるものを出したところ、傑作が生まれたと言うのは、示唆に富みます。

もし、ドストエフスキーがじっくり時間をかけて構想を考えてから、罪と罰を書いていたら・・・

もっと素晴らしい小説が生まれた可能性もありますが、その半面、時間がかかり過ぎて量産できず、カラマーゾフの兄弟に至るまでの傑作の数々が世に出なかったことも考えられます。

ドストエフスキーの場合、書かなければ(出さなければ)いけないと言うプレッシャーがきっかけになって、自分の中の積み上げてきたものがほとばしるようにわき出してきたのは、事実です。

苦し紛れで作ったりしたものが、必ずしもクオリティーが低いということはありません。

完成形でなくてかまわない

もう1つの誤解は、書かれたものが最終形でなければならないというもの。書く以上は1点のミスもない完成形に仕上げなければならないと思いがちですが、肩肘張ることは不要です。

書いたものは、叩き台とかパイロット版。極端なことを言うと、未完成でも構わない。そんなふうに気軽に考えた方が、心理的ハードルがグッと下がります。

書くと言うことは、自分の無意識の中にある何かを取り出すことです。その出てきたものが、こんなことを考えていたんだ。

という、自分でも意識していなかったことであれば、それが新しい視点になることもあります。

思いついたことをパパッと紙切れにメモするだけでもいいです。

むしろ書いたものが叩き台やパイロット版である方が、後々クォリティーを高めていける伸び代があります。

書くことはあくまでもきっかけ。また、未完成でいい。

この二つを理解すると、書くことに対する意識が大きく変わるはずです。

これらは、自分の夢に向き合うときにも、意識したいポイントです。

佐渡裕さんやイチロー選手のように、子供の頃から自分の夢がはっきりしている人は、その夢に向かって努力することができます。

また、夢を書くことで、言葉がタイムマシーンとなって未来へと導いたり脳の潜在能力に働きかけてくれたりするので、夢が叶いやすくなります。

一方で、そもそも自分がどんな夢を抱いているのかよくわからないと言う人もいるかもしれません。

その場合は、まず紙とペンを用意して、こんなことをしてみたい、こうなっていったらいいなと言うような、頭に浮かんできたことを思いつくままに書き出してみましょう。

最初からきちんとした形として願いがスラスラ出てこなくても構いません。

ただ、思いつくままに書く進めていきます。

自分の願いを叶えたいのであれば、まず頭の中で、自分の願いは何なのかを整理してから紙に書くのではなく、何も考えていない状態から白紙に向かって吐き出してみる。整理されていなくても体系化されていなくてもいいから、そのときに思いついたことから次々と書き記していく方が、自分の夢を見つけていく近道になります。

一人プレスとで運動系の回路を働かせる

自分の夢や目標を発見できる具体的な方法をいくつかお伝えしています。

最初の方法は、1人ブレストをすること。ブレスト。すなわちブレインストーミングとは、集団的思考法の技術のこと。

通常のブレストは、自由な雰囲気で他の人を批判せずに集団でアイデアを出し合うことで、課題のより良い解決を得るために行います。

ブレストを行う際ないは、次のようなルールがあります。

⚫️批評・批判をしない(批判厳禁)

⚫️奔放な考えを歓迎する(自由奔放)

⚫️アイデアの量を重視する(質より量)

⚫️アイデアを結合し、発展させる(結合改善)

一人ブレストとはこれらを一人でやってみることです。

一人ブレストで自分の夢や目標を発見することは、それほど難しいことではありません。

以下、ポイントを述べていきます。

まずは、テーマの設定をします。

自分の夢や目標がわからないわけですから、自分の好きなこと、やっているとワクワクすることをテーマにしてノートに書き出してリストアップしていきましょう。その際、本来のブレストのように、自由な発想で、他の人がどう思うかなど気にせず、思いついたことをどんどん書いていきます

自分の好きなことをある程度書き出せたら、リストアップしたものを眺めてみます。

その中で、発想が飛び過ぎていて明らかに実現不可能なものは除きます。

次にこれがなければ生きている意味がないと思いるもの、それをしていると他のことなどどうでも良くなるくらい没頭できるものだけに絞り込んでいきます。

さらに、なぜ自分がそれを好きなのか、理由を考えてみます。それだけすれば、たいていの人は自分の夢や目標を発見できるはずです。

たったそれだけ?

そう思うかもしれませんが、何かを考えるときに、自分の思っていることを書くことは、脳の働きから考えても、とても大切なことです。

脳は、感覚系学習の回路で情報を入力し、運動系学習の回路を通して出力しています。

感覚系学習の回路とは、見る、聞く、感じるなどの五感を通して情報を受け取ったときに、処理を行う領域です。

この2つの回路は脳内では直接繋がっていません。

感覚系と運動系を連動させて働かせるには、頭の中にある情報を出力しなければならないのです。

自分の夢や目標は見つけられなかったけれど、紙に書き出してみたらわかったと言う人は、書くことで感覚系と運動系のバランスをうまく取っていると言えます。

全ての人にカノンとなる出来事がある

ある分野において標準的に読まれたり、観たり。聴かれたりするべきものをカノン(canon)と言います。

西洋絵画でいえば、パブロ・ピカソ・クロード・モネ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジエロ・ブオナローティなどの作品で、端的にいえば文化の中でもっとも中心的な位置を占めているものということです。

カノンとは、一時的に人々の関心を呼んで売れたりする本や映画や音楽とは異なり、時の風化にも耐えて後世の人たちに語り継がれていくべきものです。

そのカノンも過去の偉人たちの業績がきちんと記録に残されていたからこそ、現代に生きる人間が知ることができます。

白州次郎は日本の歴史においてこれからもずっと言及されるカノン的人物でしょう。

なぜ白州次郎がカノンになり得たのかといえば、戦後の日本人が自信を失っている中でGH Q(連合国軍総司令部)と対等に渡り合って、今日の平和で繁栄する日本の土台を作り、尚且つ彼の仕事が記録として書き残されていたからです。

もし、白洲次郎について書き残された言葉が1つもないとしたら、私たちは彼を知ることはできませんでしたI、平成の閉塞感にあえぐ人々の心WO捉えることもなかったでしょう。

白州次郎に限らず、多くの歴史上の人物や事柄についての記録がなかったとしたら、私たちの歴史を読む力はいまよりもずっと弱くなっていたに違いありません。

過去にあったことが記録として残っているからこそ。歴史に目を向けることができます。

歴史に目を向けることが、今という時代を認識することにつながります。

個人レベルで言えば、誰の人生にも自分にとってカノンとなるような出来事はあります。

人生におけるカノンをもう少し平たくいうと、自分のこれまでの人生において、これからも言及されるべき重要な出来事です。

自分の人生のカノンに気づくためには、自分の人生の歴史を振り返ることです。それは、いまの自分と向き合うことであり、これからどう生きていくべかと身の振り方を考えることにも繋がっていきます。

僕の人生のカノンをあげてみましょう。

高校1年生のときカナダにホームスティしたこと。

ケンブリッジに留学したこと。

五歳から蝶採集をしていたこと。小学2年生で近所の八百屋でもやしを詰めるアルバイトを1週間したことなどが挙げられます。

もやし詰めとは、水で洗った、モヤシを小売り用の袋に詰めるという単純な作業です。

子供心に自分でもできると思ったのでしょう。

オモチャが欲しいからあそこの八百屋でバイトしたいと母親に言ったら話をつけてくれて、みせで雇ってもらえることになりました。

確か一日のバイト代が100円で、一週間詰めをやりました。

今考えると、たぶん八百屋さんも迷惑していたと思うのですが、母親はおそらく子供の働きたいという気持ちを汲んで話をつけてくれたのでしょう。

モヤシ詰めながら近所のおばさんたちと軽口を叩いたことや、1週間飽きもせずに懸命に働いたことなどが少なからず今の自分を作っています。

ある時自分の人生を振り返っているうちに、小学2年生でモヤシ詰めをしたことは自分にとって大事な経験だったなと思い出したのです。

人生のカノンになるようなことは、後になってからその意味の大きさに気づくことが多いかもしれません。

そもそも、僕がどうして自分のカノンについて気づけたかと言えば、インタービューに答えたり、エッセイを書いたりする時などに過去を思い出す機会を多く持てたからです。

今の自分を作ったのは、過去のある出来事がきっかけだったのかもしれない・・・・

そんなことに気づいたらそれを紙に書ききしておくことで、自分の人生における歴史意識が生まれてきます。

早すぎる自伝は次のスッテプへのジャンプ台

自分の人生におけるカノンを見つけるためには、過去に遡って自分に起こった出来事を書いていきます。

中にはどのように書いていいのかわからないと思う人もいるかもしれません。

僕がお勧めしたい方法は自伝をかくことです。

自伝というと、偉大なことを成し遂げた人物が晩年になって自分の人生を振り返って書くというイメージがありますが、僕が提唱するのはそういうものではありません。

人生の半ばで書く早すぎる自伝です。

早すぎる自伝の例としては、ワーグナーが書いた我が生涯が挙げられます。

ワーグナーは、19世紀のドイツ人作曲家で、その生涯において数多くのオペラを作曲したことで知られています。

ワーグナーは、69歳で亡くなっていますが、自伝を発表したのは、50代半ばです。

そのころのワーグナーはニュルンベルクのマイスターシンガーやニーベルングの指輪を完成させたり、彼自身の作品を上演させるためのバイロイト祝祭劇場の建設を始めたりするなど、脂が乗り切っている時期でした。

ワーグナー以外にも、オスカー・ワイルドや内村鑑三も早すぎる自伝を書いています。

オスカーワイルドは19世紀末に活躍したアイルランド出身の作家。

ワイルドの自伝ともいうべき獄中期は、41歳の時にかかれたものです。

内村鑑三の余は如何にして基督信徒となりしこは、儒教的教育の中で育った内村がキリスト教信仰に目覚めていく過程を述べた自伝で、刊行されたのは、明治28(1895)年内村が34歳の時でした。

なんだ、やはり偉人ばかりではないかと思わないでください。

そもそもワーグナーやオスカーワイルド、内村鑑三らはなぜ人生の早い段階で自伝を書いたのでしょうか。

その理由が僕にはずっとわかりませんでしたが、偶有性という概念を掴んでから、ああ、そういうことだったのかと、気がつきました。

もう一度、偶有性の意味を確認すると、確実なことと、不確実なこととが、半分ずつくらい混ざり合っている状態のことで、この先どうなるかわからないという性質のことです。

人間の脳は、確実性と不確質のことです。

人間の脳は、確実性と不確実性のバランスが取れている偶有性の状態こそ、楽しいものとして感じとるようになっています。

脳の自然な状態は柔らかく、不確実なものの方が多くなってしまうという性質があります。

第3章でも述べましたが、脳単独で処理せず、脳の外に固定点(確実なもの)を持つことでバランスをとっていきます。

脳にとって確実なものを持つというのは、文字を書いて記録しておくこと。

そこまで考えていくと、人生の半ばのある時点で、自分の人生を振り返ってそれを文字にしていく、早すぎる自伝は脳にとって確実性を与えてくれるものだとわかります。つまり、自分の書いたもの(早すぎる自伝)が脳にとっての資本になるということです。

その資本を元にすることで、新しいことや、やりたかったことに挑戦できる。早すぎる自伝にはそういった前向きな姿勢があります。

自伝を書くことは過去の自分と対話すること

ここからは具体的にはどのような手順で早すぎる自伝を書いていけばいいのかを説明していきます。

人事でいうと、今の自分の疑問点を起点にして、過去に遡って自分の起源を辿っていくようにして書いていきます。

今の自分の疑問点とは、そもそも何で自分はこの職業についているのだろうか、自分がどういう経緯を辿ってきた結果ここにいるのか、

なぜこの人と結婚したのだろうか、自分はかって自分が望んだような生き方をしているのかと言った事です。

過去から今に繋がる人生には、当然ながら、ターニングポイントやセレンディピティーがあります。

自分の人生の系譜をメタ認知を働かせて見ていくと、今の自分の生活に対する疑問やセレンディピティーがはっきりと見えてきます。

ちなみに、セレンディピティーとは、偶然の幸運に出合う能力の事です。

セレンディピティーという概念の元となったのは、セレンディプの三人の王子という童話です。

このお話の中で、三人の王子たちは旅をします。

王子たちは、旅の途中で自分たちが求めていたものではないものに出合いますが、そのような偶然の出会いが、結果として王子たちに幸運をもたらします。

このように、偶然の幸運に出合う能力をセレンディピティーと言います。

いうなれば、王子たちはAというものを探し求めている旅の途中で、全く異なるBに出合い、その結果幸運を掴んだという事です。

セレンディピティーを発見できれば、さらにそのセレンディピティーに遭遇したきっかけは何だったのかを追求していきます。

そうして過去を遡りながら、自分自身に質問していきます。

僕の早すぎる自伝

ここからは僕の人生を例にして、説明していきましょう。

なぜ、脳科学者になったのか?

大学院で物理学を専攻していた僕は、博士号取得1か月前になっても就職先が決まっていなかった。卒業間際の三月になって指導教官の若林健之先生が、脳科学の世界的権威である伊藤正男先生が理化学研究所(理研)で脳科学総合研究センターを立ち上げようとしていて、そこで働く人を探していることを教えてくれた。

僕は、伊藤先生に会いに行き、そこで、4月から来てよと言われたことで理研に入ることができた。

それまで興味はあったが、やったことのなかった脳科学に挑戦することになった。

この時点でのセレンディピティー

脳科学者になるきっかけを作ってくれた伊藤先生との出会い。そして、伊藤先生を紹介してくれた若林先生との出会い→若林先生に出会えたのは、そもそも大学、大学院で物理学を専攻したから→

⚫️なぜ、物理学を専攻したのか?

小学生の時にアインシュタインの伝記に感銘を受け、将来はアインシュタインのようになりたいと思ったカラ。

この時点でのセレンディピティー

アインシュタインとの出会い。

⚫️アインシュタインの伝記を読もうと思ったきっかけは何か?

蝶の採集に熱中しているうちに自然そのものに興味が移り、やがて磁石に辿りついた。

小学2年生の頃、磁石同士がくっつくことを不思議に思って、1か月くらいずっと考えていたことがある。

その頃から、物理学に興味を持ち始めていた。

⚫️蝶の採集に興味をもったのはなぜか?

小学校に上がる前に、母親が近所に進む昆虫学専門の大学生のお兄さんを紹介してくれたこと。

そのお兄さんに蝶の採り方を教わり、専門的な用具も揃えたこと。

また、小学5年生の頃、母親に連れられて行った九州大学で。蝶の権威である、しろうずたかし先生に、まだ正式に発表する前の蝶を見るという普通ならできないような体験をしたことが鮮烈に記憶に残っている。

この時点でのセレンディピティー

近所に住む大学生のお兄さんと白うず先生との出会い。

このように過去を振り返って早すぎる自伝を書いていくことは、自画像を描くようなものです。

人間は一人で生きていくことはできません。

自分史を書いていくことで過去のある出来事やある人との出会いが、全て今の自分を作っているのだと気づくことができます。

また、自分が何を大切に生きてきたのか、何が好きだったのか、といった自分自身でも忘れていたことや気づいていなかったことを発見るすることもできます。

つまり、自画像を描くことで、過去の自分に再会できるだけでなく、自分でも忘れかけていた本来の姿が見えてくるのです。

それがわかれば、今の自分はかつての自分が望んでいたような生き方をしているのか、望んだ生き方をしていないとすれば、これから何を目標にしていくのか、かっての自分が望んでいた以上の生き方をするには何をすればいいのかといった未来を考えるきっかけになります。

生い立ちや当時の気持ちを自由に書き出して見る。

早すぎる自伝を書くにあたって、いくつかのポイントを挙げていきましょう。

私の生き方を例に出しましたが、自伝を書く時の文章の形式は問いません。

箇条書きでも、日記風でも、自伝小説風でもなんでも構いません。

自分の生い立ちを心の中ではんすうするのではなく、外の情報として客観的に確認し、脳にインプットしてフぃードバックを完成させることが重要であり、それさえ達成できればいいのです。

自伝を書くことは自画像を描くようなもの。

そうお話ししましたが、自分の過去にあった事実を振り返って書くことをひととおりやってみても、まだ自画像がはっきりしないという人には、とっておきの方法があります。

それは、人生の分岐点に立たされたとき、どうして自分はあの時にこちらを選んだのか、その理由を書いてみることです。なぜ自分はその道を選んだのかを振り返ることは、より自分の自画像を鮮明にすると同時に、自分の人生ののびしろを作ることになります。

2006年から2010年まで、僕は、NHKのプロフェッショナル 仕事の流儀という番組のキャスターを務めました。

それまではまさか自分がテレビ番組の司会のような仕事をするなんて考えたこともありませんでした。

その仕事を依頼された時に、僕は取材対象の一人として、番組スタッフの方と打ち合わせをしていました。

打ち合わせが、終わり帰ろうとした時、番組の細田美和子デスクに番組の司会とか、そういうことに興味ありますか?と聞かれたのです。

その時う〜ん、ないわけでもないですけどね。と、答えました。

実はそれが出演交渉になっていたわけです。

後で聞いたところでは、その時チーフプロデューサーの有吉伸人さんは、細田デスクの先走りに焦ったそうですが、NHKに帰ってからゆっくり

検討し、決定に至りました。

もし、この時に、僕は研究者だからと自分を決めついていたらば、おそらくキャスターにはなっていなかったでしょう。

つまり、この番組のキャスターになったのはなぜか、と考えた僕の頭の中に浮かんでくることは、自分を決めつけないという自分の生きる姿勢でした。

キャスターを引き受けてからは、仕事はそれまで以上に忙しくなり、スケジュールもパンパンになりましたが、僕はこんなことなら引き受けなければよかったと一度も後悔したことはありません。

キャスターを引き受けたことで今までお会いすることのなかった素敵な方々とお目にかかることができたし、仕事の幅も広がっていきました。

原稿の締め切りに追われて、忙しい中でも仕事をしなければならないという切羽詰まった状況で、自分の持ち得る力以上の成果を出すこともできます。

私も、いつか自伝を出せるように頑張りたいと思います。田中 深雪


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