今日は、紫玉ねぎとプチトマト、ほうれん草入りの卵焼きを作ってみました!
今日は、夕方から台風の雨が降ってきましたね!
2026年 9月9日(水) 何故、認知症の人が家に帰りたがるのか
恩蔵絢子&永島 徹著 p164〜p184
自分では記憶は正確にはたどれないので、着替えたはずだ、適切な服が着られていると本当に感じているからです。
また、息子さんに着替えさせられると言うのは、恥ずかしいと言う気持ちが強いのかもしれません。
自分が守るべき子供に、自分のことを管理されたくない、と言う気持ちもあるかもしれないので、恥ずかしさを感じにくいデイサービスのスタッフなどの第三者を頼るか、スマートフォンなどの通知機能を使って、自分でできるように工夫しても良いかもしれません。
息子さんにとっても、母親の着替えの手伝いは、女者の服はわからなかったり、服を脱がせる抵抗もあったりして、ストレスになる可能性が高いです。
着替えは、お互いにとってストレスになることなので、喧嘩が生じやすいでしょう。毎日のことなので、関係が悪化しやすいところもあるかもしれません。
家族が助けにくい場合、施設でいろいろな人と一緒にお風呂に入るのが楽しみになるかもしれません。自分にとって絶望的に難しいと思うことでも、自分と同じように周りの人がアシストされているのを見たり、今日許せる誰かが一緒にやっていたりすると、楽しくやる気がしてくるでしょう。
また、清潔を意識するためには、普段会えない友人やお孫さんなどに会える機会を作るのはどうでしょう。少しでもきれいに着飾っていきたいと言う気持ちが先と生じるはずです。すなわち、生活の中に楽しみを作ることがカギなのです。
心が寂しいと、寒く感じる。
しかし、タカ子さんは、転んで怪我をしたことが元気をなくす原因だったということ。81歳の高齢で、痛い思いをしてしまったことで、気力が、維持できなくなってしまっているのかもしれません。
実は、自信を失ったり、孤独を感じたりして、心が寂しいと、体のほうも実際の温度よりも低く感じる、と言う研究があります。
すなわち、心細さで体がなんだか寒く感じて、服をたくさん着ている可能性があるのです。体と心は私たちが思うよりもつながっています。
温かいコーヒーを物理的に手に持っていると、心まで暖かくなって、人に優しくできることも科学的に示されています。
つまり、身体を快適にすれば、心も快適になってくる、幸せだから笑うのではなく、笑えば幸せな気持ちになることがあることがわかっているのです。
たか子さん
もう無意識のうちに、たくさん服を着て、心を温めようとしているのかもしれません。
自分の匂いに安心している可能性も。
また、タカ子さんが海馬の問題のせいで匂いを感じにくくなっているとしたら、お風呂にしばらく入らず匂いがすることで、自分の匂いがようやく感じられて、安心していると言う可能性もあります。服をたくさん着込んだり、お風呂に入らなかったりするのは、そういう自己防衛の必要性からきているのかもしれないので、何でも清潔が良いとは限りません。ただ、
夏にたくさん着込めば汗をかくので、水分不足からの脱水だけは気をつけて、ある程度は、清潔よりも、ご本人の自由を優先にしてみてもいいのかもしれません。
いずれにしても、楽しいことが日常の中に作れると、心が寒いと思うことも少なくなっていくと思います。
アシストポイント
季節外れの服装したり、着替えをしなくなってしまったら・・・・
ご本人の思いを支持(バックアップ)しましょう。
ご本人の思い
ちゃんとやりたい
アシストポイントは、ちゃんと着替えろよと言う指示ではなく、ちゃんとやりたいと言うご本人の思いを支持(バックアップ)する関わりをすることです。
まずは、ご本人が1人では苦手になってきている事柄を理解し、その部分の環境調整をしていきます。
この時重要な事は、ご本人の生活習慣を確認した上で、その習慣を尊重しながら、環境調整(衣類の整理、着替え、保清など)を行うことです。
家族や専門職の都合で進めてしまうと、さらに拒否が強くなり、意外的になってしまうこともあります。あくまでも主役は本人。家族や専門職はアシスト役であることを忘れないでください。
また、誰でも何かを誰かに頼むときには、根回しや交渉をすることでしょう。それと同じように、自分たちがやって欲しいことをやってもらえるように、いろいろな方向から気持ちを聞いて根回して、お願いすることが大切です。
なぜ、お風呂に入りたがらなくなるのか。
若い頃、大きな病院の看護師として働いていたと言う経歴を持つさゆりさん。
気品高く振る舞い、必要以外他者との関わりを行わない方でした。
休日は1人で畑に行き、庭の草むしりをしたりと気ままに生活してきました。
おいともに認知症の症状が現れるようになりました。
物忘れから始まり、排泄などでも、衣類を汚してしまうことが増えてきました。お風呂に入れてほしいと言う家族のせち実なニーズからデイサービスの利用が始まりました。ところがデイサービスでも自宅と同様、風呂に入りたがる事はなく、お風呂の話をしようものなら、スタッフをにらみつけ、脱衣所まで案内すれば何をするんだ。風呂なんてとんでもない、私のことをどうにかするつもりか(怒)と暴言を吐き、しまいには、平手打ちが飛んでくると言う状況でした。
スタッフは、風呂に入りたがらないさゆりさんの思いをさしていきました。生活歴やご家族からもわかる限り、本人の情報を教えてもらいました。
さゆりさんは、看護師と言う職業柄か、体調を気にされる人であること、また、医師の指示は絶対と考える人であることなどがわかってきました。
そこで、さゆりさんの体調の良さそうな時に、スタッフが、林先生(さゆりさんの主治医)からさゆりさんがますます元気に過ごせるようにと、温浴療法の指示がありましたとお誘いしてみました。
すると、初めは、温浴療法?そんなに良いものなら、あなたが使いなさいよ〜と渋っていましたが、これはさゆりさんのために特別に出されるものだから、私は使いわけにはいかないのですよ、と伝えるとそうかいと安全でもない微笑みを浮かべて、入浴の誘いに応じてくれたのでした。
その後も、温浴療法の声かけで、風呂に入るようになったゆりさんは、さっぱりとした姿を仲間からも褒められるようになりました。
やがて、温浴療法の声かけに、お風呂でしょ。はいはい、わかりましたよ。と応じてくれるようになりました。
脳科学からの解説
恥ずかしさは最後まで消えない。自尊心。
裸になると言う事は、最もプライベートなことであり、自分の弱さをさらすことです。
特に、女性の場合、家族の前でも、裸で過ごす人はそれほど多くは無いかもしれません。
恥ずかしい姿でいたくないと言う自尊心は、認知症になっても消えない、人間が最後まで持ち続ける根本的なものです。
親がまだ自分で歩けない子供をお風呂に入れる事はあるでしょう。
しかし、子供が親のプライベートの部分を見たり、触れたりする事は、認知症にかかわらず、とても稀なことですし、お風呂で触れるのも、触れられるのも、双方にとってとっても抵抗があることでしょう。着替えやお風呂やトイレは、他人が介入することがそもそも難しい領域なのです。
家族にも見せない裸を他人に見せるのはなおさら嫌かもしれません。ただ、見知らぬ人だったら、恥ずかしくないと言うことも、お人柄によってはあるでしょう。
いずれにしても、自尊心を脅かさると感じること、これが今のところ、アルツハイマー形認知症の人に対するアシストの難しさの本質なのです。
何もかも自分でできて、清潔に暮らしてきた人とほど、お風呂や排泄は自分でやるべきことと言う認識があるために助ける事は難しく、逆に清潔を保ってなくなることがあるのかもしれません。さゆりさんは、風呂なんてとんでもないと言うのは、他人に風呂に入れられるなんて、とんでもないという意味なのだと思います。
拒否する理由は、周囲の人が察する。
ところが、1人だけ、さゆりさんが耳を傾けられる人がいるとの事でした。それでその医師の指示と言う形で、お風呂の提案をしたのはさすがです。
アルツハイマー型認証の人は、自分が嫌だと感じる事は、お風呂の中、命令されることなのか、細かく自分で言葉にすることができません。
嫌だと言う事はわかるのだけれども、どうして嫌なのか、何が嫌なのか、自分の気持ちをはっきりさせるには、状況を正しく認識できなければなりません。
海馬は、宣言的記憶、すなわち意識的に、いつ、誰が、どうしたと言うふうに言葉でされる記憶を作る組織です。
自分の持ちやで状況を言語的に説明するためには、どうしても、海馬がしっかり機能することが必要なのです。
事例01で説明したように、サイバーは、短期記憶を長期記憶に変換しています。海馬の働きは悪くなると、例えば会話をしていて、質問に答えようとしてか思いついたことを話そうと思っても、話し始めてすぐに何を言おうと思っていたかを忘れてしまうことがあります。
記憶が数秒から数分しか維持されないことが原因です。
アルツハイマー型認知症の人は、思いはあるのに、完全な形で言葉で表現する前に、それが消えてしまうことがあります。
だから、説明ができなかったり、会話がちぐはぐになってしまうことがあるのです。
それゆえに、周りの人がその人の海馬の代わりに情報を集めどうして嫌がっているのか、目を察する必要があります。お風呂に入れない理由は、個人によって異なるのでしょう。
お風呂自体が嫌なのではなく、体調が悪かったり、外気温が低かったり、足が悪くて、滑りそうだったり、裸を見られるのが恥ずかしかったり、人に介助されることがプライドとして、許せなかったり、それぞれ不安に感じることが違うはずです。
その意味で、何でも認知症のせいにするんではなく、もっと細かく、脳以外の問題を分析するお手伝いをすることが求められているのです。
お風呂に入るのを嫌がるようになってしまったら・・・
本人の困り事を察して、安心できるようにかかわりましょう。
ご本人の思い:
私の困っていることをわかって欲しいを察して家族の困り事は、(本人の)保清ができないないということかも。けれど、ご本人はどんなことに困っているでしょうか?
入浴の手順がよくわからない。衣類の着脱がうまくできない。汚れている下着を見られてしまうのが恥ずかしい。・・・
困っている理由は、それぞれです。
アシストポイントは、まず本人が何に困っているのかを察して、自尊心が帯びやかされないように配慮して関わることです。
次に困り事に応じて、不要な手順をさるげなく手助けします。
例えば、着替えやすいように衣類をセットしたり、汚れた下着を直接目にしないようにバスタオルをかけたりなどです。
ご本人も困り事に対して配慮してもらえると、お風呂と言う声かけに、安心して応じるようになるのではないでしょうか。
自尊心は、認知症になっても消えない、人間が最後まで持ち続ける根本的なものだと思います。 田中 深雪
