今日は一日、暑くて大変でしたね!
今日は、認知症の私が今を楽しく生きる理由 丹野 智文著からの抜粋です。
2026年8月2日(日)認知症の私が今を楽しく生きる理由 丹野 智文
ですが数年後、スコットランドで出会った認知症の当事者は、診断後も運転を続けていて(もしも運転ができなくなったら)魂がもぎ取られるような感じと話すのを聞いたとき、自分は認知症を理由に諦めてしまったと涙が止まりませんでした。
そのくらい私も車が好きだったし、運転も好きでした。診断後12年たった今でも運転をしている夢を見ることがあります。
家族が、無理矢理免許証を返納させたり、車の鍵を隠したりなどした場合、当事者はずっと奪われたと言い続け、無免許で運転したり暴れたりすることもあります。
しかし、自分で決めて運転を辞めた当事者は、その後に問題が起きにくいです。
認知症でも、成長できる。認知症の症状があっても、人は成長することができます。
認知機能は落ちるかもしれませんが、いろんなことを考え、行動することで、人生の質を上げることができます。
そこから、当事者の工夫や努力が始まるのです。
家族や専門職の人に伝えたいこと。③のまとめ
診断当初から、先の不安ばっかり考えて、当事者の行動を制限したりしないでください。
当事者が、今できること、工夫する力、努力する力を信じて、失敗する権利を奪わないでください。
当事者自身が、自分で決めることができる環境作りが、何よりも大切なのです。
家族介護というレッテル
当事者自身も、病名から弱い自分を作り上げてしまうように、家族介護と言う言葉も、当事者の家族に謝った思い込みを与えてしまう気がしています。
介護家族、ヤングケアラーと言う言葉が、ひとり歩きして、その言葉で、当事者も家族も介護ケアが必要と思い込んでしまうこともあります。
介護しなければと義務感に駆られる前に、やはり目の前の当事者本人のことをきちんと見つめてほしいと思います。
介護している自分支えている自分への依存。
そして、意外と多いのではないかと感じているのは、家族の中に当事者を支えている自分を介護している自分が好きになってしまう人がいることです。
そして、一層、一生懸命に介護をしようと、当事者のことを何もかもやってあげようとします。
当事者が家族に依存することと同様に、家族も介護に依存してしまうと言うことです。
全てをやってしまうのは、当事者が自信を失う原因です。
自信を持つには、人のお世話になってばかりでなく、自分も家族の役に立っていると言う感覚が重要です。
私の周りの当事者の家族も、家族同士での交流やお出かけの時などは、周りの目を気にして優しく接しないと言う気持ちがあるのか、当事者がやるのを待たずに先回りしてやってあげてしまうことに拍車がかかっているようなことがあります。
当事者はあくまでも1人の人間で、支援者や団体のものではないことを忘れてはいけないと思います。
家族や専門職の人に伝えたいこと。
4のまとめ。
介護していること、支援していることに、やりがいを見出すこともあるでしょうが、それに依存しないように注意してください。
あくまで当事者自身の自己決定を尊重し、何かあればサポートすると言う気持ちが大切だと思います。
例えば、その当事者が音楽好きなので、カラオケに行こう、なら良いのですが、認知症カフェや介護施設では、童謡や唱歌を歌うことも多いようです。
なぜ、認知症になると、折り紙や塗り絵が当たり前になってしまうのでしょうか。
また、世代によるとは思いますが、この本を読んでいる方でも、家に携帯電話を忘れて、出かけたら、不安で家に取りに帰りたくなると言う人はかなり多いと思います。
これほど携帯電話を使うのが当たり前の時代ですが、介護施設では携帯電話を持ってきてはいけないルールのところがまだまだ多いようです。
自分が認知症になった時、その施設に通いたいでしょうか。
誰のための安心?当事者目線を忘れずに
近年、自治体や企業等で、認知症の人が行方不明になったときのために、GPSの貸し出しをしたり、本人の情報が読み取れる。QRコードが入ったシールを服や持ち物に貼り付けると言う活動が広まっています。これも家族や支援者のための安心であって、当事者自身の安心になっていないのではないでしょうか。
認知症の人自身が、迷わない不安だから、GPSを持ち歩こうと思うのは、もちろんその人の工夫であり選択肢ですが、当事者に見つからないように靴に入れたり、本人の意思と関係なくつけたりする事は、当事者は望んでいないし嫌だろうと思います。
QRコードも、帽子や服の見えるところに貼り付けたら格好悪いと感じませんか?
そんな服や帽子を好んで着たり、持ち歩きたくはないと思うのです。
周りの人たちの安心のために、当事者はおしゃれを我慢しないといけないのでしょうか?
やはりこうした活動のベースには当事者目線が抜けているような感じます。
本物をやる。
介護職などの支援者が、認知証の人に、夢ややりたいことを聞いてくれることがあると思います。
その時、そのやりたいことの実現の仕方を、施設や家庭内だけで考えず、地域の人たちとつながり、実現していくことも必要だと思います。
介護の施設に、長く勤めていると、スタッフの人たちは、自分たちができる範囲でしか物事を考えなくなるので、当事者の夢ややりたいことを聞いても中途半端になってしまい、当事者が諦めてしまう環境がある気がします。
例えば、当事者が釣りをしたいと言った時、地域の釣りができる人とつないで、一緒にやればいいと思うのですが、施設の中でできることしか考えないので、紙に魚の絵を描いて磁石で釣り上げる子供だましをしてしまう。スタッフは喜んでくれましたと言っていたのですが、それは諦めの中の喜びだと理解してほしいです。
あなたは、当事者が本当にやりたいことを諦めさせていませんか?また、当事者はやりたいことを諦めていると気づいていますか?
本当にやりたいことを現状ではできないと当事者に説明する場合、説得するのではなく本人に納得してもらうことが必要です。
選べないことが増えてやりたいことも考えつかない、自立した生活もできない。
これはすべて、施設や、家族はいる家の中で起きてしまうことです。
他の当事者の話を聞いていても、一人暮らしの人はむしろ、自由に動けて、自分自身で工夫をしていると感じます。
認知症マフのこと。
認知症マフは、ボタンやリボンなどの飾りが縫い付けられたカラフルな筒状のニットです。
イギリスなどの高齢者施設や病院で使われていたものです。
日本でも、ここ数年、制作ブームが来ているようで、SNSでも、作る会を開こうと言う呼びかけをよく見かけます。
確かにハンカチやタオルを握ってないと落ち着かない人もいます。
そういう人がマフを使ってみて落ち着くならとてもいいと思います。ですが、病院の中でむやみに当事者に使わせて落ち着く人が増えたと言われると、私には形を書いた拘束帯のように思えてしまうのです。
身近に認知証マフがある人は、実際に認知症マフに手を入れて、数時間過ごしてみてください。
手を入れていると、何もしないでぼーっとしているしかできないのです。
認知症マフを作ることを目的にせず、本当に必要な人にだけ使ってもらえるよう行き渡って欲しいと思います。
そもそも、なぜ、認知症と認めさせたいのでしょう。
それは、認知症なのだから危ない事はやらないで。外に出て行かないでと言いたい。つまり認知症を理由に周りが当事者の行動を制限したり管理をしてするためだと思います。
当事者がそれを認知と認めるかどうかよりも、周りの人たちが物忘れの多いおじいちゃんおばあちゃんと気づいて忘れるなら一緒にすればいいよねと思ってくれたらうれしいです。
本人が自分を認知症だと考えていなくても、周囲が症状に対するフォローをしたり、工夫を助けたりすることができるはずです
家族や専門職の人に伝えてあること、5のまとめ
認知症の人のために、と言う気持ちから、様々な活動が広がっています。
ですが、本当にそれはあなた自身が当事者になった時、やってもらいたいと思うものになっていますか?
支援や活動を否定するわけではありません。でも常に自分だったらの視点で振り返ってもらえるとうれしいです。
当事者が笑顔になり、前向きになったら家族の気持ちも楽になることを実感しているから、当事者が笑顔になる支援を1番に考えているのです。
ピアサポートをしたご夫婦で、こんなケースもありました。
最初は、当事者を監視管理するような関わり方だった。妻がピアサポートを続けるうちに、当事者の夫が前向きになったことで、本人の行動を応援するような変わり方にがらっと変わりました。それは、当事者が前向きな気持ちになって笑顔が増え、発する言葉も頑張るよ。くよくよしてもしょうがないねと変化したからでした。
それまでは、当事者を腫れ物扱いするような生活をしていた家族が、当事者に笑顔が増えたことで、家族も気持ちが楽になったと言っていました。
家族は大変だからこそ、当事者が笑顔になることを私は大切にしたいのです。
当事者も家族も笑って過ごせる方法、探していきましょう。
家族や専門職の人に伝えてないこと。6のまとめ。
診断後の先回りによる負の連鎖から抜け出し、認知症の当事者が元気に前向きになれば、家族も楽になっていきます。
当時者も家族も笑って過ごせる方法を探していきましょう。
丹野智文は以下にして生まれたのか。
福祉ジャーナリスト
町永敏夫
丹野智文さんは、2013年にアルツハイマーと診断された。
その翌年、2014年11月、東京の六本木で18日のサミット、G8認知症日本後継イベントが開催された。
認知症をめぐる巨大国際会議だ。
実はそこに丹野さんが登場している。
各国の認知症研究者や官僚などが参加したサミットで彼はスピーチしたのである。
人前ではほとんど初めてのスピーチだった。
丹野さんは診断を受けて以来、1年余りを泣き暮らした。悲しくないのにただ涙が流れたと当時を振り返っている。
そのことを踏まえれば、丹野さんは涙に明け暮れた日々をかいくぐって、いきなり国際会議でデビューしたことになる。
翌、2015年5月に丹野さんは、地元仙台でオレンジドアを始めている。認知症と診断され、同じ不安に落ち込む人と一緒に話し合う相談事業だ。
今に至る丹野智文の基軸がこのオレンジ、ドアで明確になった。同じ不安にある人との関わりを自分の責務としたのである。
彼は講演するたびに、同じ認知症の人と出会い語りのみならず、自分の時間を使って各地と同じ境遇の人々を尋ね歩いては語り合っている。それはなぜなのだろう
現在の彼の活動は、認知症啓発の枠を大きく超えている。
彼が取り組むのは何より、人と関わることなのである。
人と関わり、不安を分かち、希望を共にする。
人と関わるそのことが多くの人々を力づけ、その互酬性から、現在の丹野智文が生まれたのである。
丹野智文は地域の一角を揺り動かし、そして、共に生きるとする時代、精神が丹野智文を生み出した、
同時代に、彼と共にあることの幸せな偶然を大切にしたい。
ピアサポートとは
私はこれまで約10年間のピアサポート活動を通して、約800人の認知症の当事者と出会ってきました。
認知症のピアサポートは、同じ認知症の人同士が互いの悩みや経験を共有し支え合う活動です。
個人的には、ピアカウンセリングとは違うと思っています。
カウンセリングは、もともと医師やカウンセラーがその人の悩みを聞き、専門家の視点から指導や援助を行う治療ですが、カウンセリングだと思うと、相手の当事者の話を聞き出さないといけないと感じて、私はうまくいかなかったのです。
ピアサポートでは、最初に自分の経験を話すことが大切です。
認知症と診断されて、落ち込んだ時期もあったけど、今は工夫して笑顔で過ごしていますなど、自分の経験に共感してもらいつつ、前向きな話をするようにしています。すると、初めは聞いているだけの当事者も、自分の話を始めるのです。
辛い話ばかりで、笑顔もなく話をしていたら、誰も笑顔になりません。
不安を持った当事者も、前向きにはならないのです。
最近、ピアサポートが大切なことがわかって、自分の地域でも広めたいと言う支援者や当事者もいるのですが、やはり辛い経験も踏まえた上で前向きな話をできる人が向いていると私は思います。
当事者同士で話すことの意味。
なぜ当事者同士で話をすることがいいのでしょうか?
それは当事者だからこそ理解できることがあるからです。
辛さや不安な気持ちなど、これは年齢、性別など関係なく共通するところです。
私がピアサポートをやっているのは、自分が診断直後に毎晩泣いてばかりいた経験があり、その辛さを知っているからです。
目の前の不安を持った当事者が1人でも早く笑顔になってほしいと思っています。
しかも、ピアサポートをやっていて、不安を持った当事者が笑顔になり、前向きな発言をするように変化していくのを見て、自分も元気をもらえるのです。
ある診療所内のピアサポートの場面。
ある時、90代のおじいさんが、娘さんと一緒にピアサポートの場に来ました。
先日、包丁を持って暴れて、警察にお世話になったと言う当事者でした。
私が自分の経験を話したところで、おじいさんも話を始めました。自分のベッドと妻のベッドの間に若い男女が来て、イチャイチャして、その男性が妻に手を出そうとしたから怒ったんだと言っていました。
幻視が見える認知症だったのです。その話を聞いていると隣にいた娘さんがそんなの誰も見えないのと怒りました。クリニックでのピアノサポートなので、本人の認知の症状についてはいろは聞いているはずですが、受け入れられていなかったのか、幻視というのが具体的にどんなものか理解できていなかったのかもしれません。
とっさに娘さんに、見えないのも正解だけど、見えるのも正解だよと伝えました。
私の認知症当事者の仲間にも、幻視が見える当事者がいるからです。
自分にも幻視が見える仲間がいて、その人は大蛇が見えることがあるらしいと話をしたら、おじいさんは泣き始めました。
どうしましたと聞くと、ここに来てよかった。この話をしても誰も信用してくれないし、変人扱いだった。
もう一度来たいと言われたので、次の診察日を私のピアサポートがある日にして、数か月後にまた会いました。
その時には、別人のような笑顔に変わっていて、幻視も半分ぐらいに減ったと本人が話をしてくれました。
これがピアサポートの力なのだと思います。
当事者同士で共感し、認め合える場だからこそ起きた変化ではないかと思います。
当事者同士で、自分の素直な気持ちや思いをさらけ出せる場なので、誰も本人から聞けていなかった情報を聞けることもあり、それを支援者に伝えることで、問題が解決できることもあります
診断直後に病院内で実施する。こうしたピアサポートの活動は、当事者や家族が負の連鎖に陥らないための役割があるのではないかと思うのです。
ピアサポートや家族の力を通して、認知症当事者が笑顔になれるように丹野智文さんはじめ、支援者で頑張って欲しいと思います。田中 深雪
