今日はストーブのお鍋でみんなの分、唐揚げを3人分作っちゃいました!
今日は老後の資金がありません p504〜p586 について話しましょう
2026年8月31日(月)老後の資金がありません。
p504〜p556抜粋しました。
さつきも、それまで聞いたことがないほどの甲高い声で主婦に向かって抗議した。
見ると、こめかみにくっきりと青筋が立っている。
すみません、うっかりしてしまって。私は普段ネットなんて見ないもんですから。
早く帰りましょう。とさつきは姑の腕をつかんで玄関へ向かう。
さつきちゃん、そんなに慌てなくても・・・・
何言ってんですか、篤子さん、今頃、職員が車の中でスマホを検索してたらどうするんですか。すぐに引き返してくるかもしれないんですよ。うん、もうエレベーターの中で見ちゃってるかも。
さつきの言葉で、篤子は一気に冷静さを失った。バッグを小脇にかかえ、急いで玄関に向かう。たいして長い廊下でもないのに、途中で足がもつれて、さらに恐慌をきたした。
ちょっとお待ちください。
主婦が追いかけてきて、分厚い封筒を差し出した。1,500,000円です。お確かめください。
冗談でしょう。そんなものいらないわよ。姑はぴしりと言った。あなたに今日の事は郊外無用ですからね。
わかっております。
そう答えた主婦は涙目になっていた。
ではお車代だけでも。
主婦は封筒から札2枚引き抜いて渡そうとする。
篤子が思わず手を出そうとすると、姑に腕を掴まれた。
1円も要りません。私どもは一切関わりございませんので
姑は振り返りもせずに玄関を出ていった。
さつき、篤子と続いたた。
エレベーターはやめて階段を使いましょう。
サツキに従い、非常階段へ向かう。
姑の歩みが遅くてはらはらしいたが、遅い位の方がいいかもしれないと途中で考え直した。
まだ職員たちがロビーでうろうろしてるかもしれないから、早く降りてしまうと鉢合わせする可能性がある。
お義母さん、ゆっくりで大丈夫ですからね。
悪いわね。篤子さんて優しいのね。
・・・・いえ。
姑を真ん中にして、敦子とさつきで姑の手を引いた。
篤子さん、もう金輪際やめましょう。
いつかばれるんじゃないかと思っただけで、私寿命が縮むわ。
そう・・・ですね。
姑の言う通りだと思う。だが、お金がない。住宅ローンまだ残っている。もうコロナになったら、自分たち夫婦は野垂れ死ねしてもいい私。
だけど、さやかのことが心配だ。離婚して実家に帰ってきたら、手に職をつけさせてやりたい。
サツキの車に乗って幹線道路へ出ると、やっと人心地がついた。
やっぱり、小心者は正直に生きていく方がいいのよ。
姑の言葉に、相槌を打つことができなかった。サツキも同じ気持ちなのか。何も言わない。
それにしても・・・あの主婦は封筒1,500,000円も入ってると言った。
1,000,000円と言う約束だったはずだ。という事はさつきは500,000円もマージンを取ろうとしていたと言うことになる。
いよいよベーカリーの経営が危ないのだろうか。
篤子の気持ちはどんどん塞いで言った。
明日の朝、珍しく志々子から電話があった。
篤子さん、今日は水曜日だから、コンビニのお仕事、確かおやすみだったわよね。
はい、そうですが。
だったら、デパートの帰りにお宅に寄ってもいいかしら。2時ごろになると思うけど。
えー、どうぞ。お義母さんと電話代わりましょうか?
そう尋ねると、ソフアで前かがみにて趣味の刺繍に精を出していた姑が顔を上げた。電話、誰からなの?
もしもし、篤子さん、どうせ今日行くんだから、変わらなくていいわよ。
志々子さんが、デパートの帰りにここにおよりになるそうです。
ちょっと、電話代わってちょうだい。
姑が刺繍しかけの布バックをテーブルに置いて立ち上がった。
もしもし、志々子?デパートってどこのやっぱりね。じゃああれ買ってきてちょうだい。うん抹茶餡じゃなくて粒餡の方。
粒餡も2種類あるけど、特製の方だからね。冷凍出てるからこの際いっぱい買ってきてちょうだい。そうね。・・・
20個欲しいわね。あ多くないわよ。だって。章や篤子さんも食べるもの。それとね、ついでにあそこの塩昆布もお願いね。
やはり母娘だ。
アレやアソコで話が通じるらしい、
以前、夫が言っていた通り、本来は味にうるさい人なのかもしれない。
うちの塩昆布は、スーパーで買ったものだ。
姑は食べたいものをずっと我慢していたんだろうか。シュートの恩給が入るのだから、好きなものを自由に買って食べればいいのに、自分たち夫婦に遠慮していたのか。
いろいろ考えるうち、惨めな気持ちになってきた。
夫のリクエストで、昼食は野菜をたくさん入れた煮込みラーメンにした。
麺をすりながら考えた。自分たち夫婦は以前からこのラーメンが大好きだが、姑は本当のところ、どう思ってるんだろうかと。
今から図書館に行ってくるよと夫が言った。
今日は図書館は休みじゃなかったっけ?
そうだったか。じゃあ本屋にでも行ってみるかな。
せっかく、志々子さんが来るのに、どうして出かけるの?
そう尋ねると、姑も何か言いたそうに箸を止めた
どうしてって・・・志々子に会っても別に話すこともないし
会いたくないらしい。無職であることに、引き目を感じているのだろうか。
夫が出かけて言って三十分ほどした時、志々子が訪ねてきた。
姑はいそいそと玄関まで出迎え、デパートの紙袋を買うようにして受け取った。
ここに来るの、何年ぶりかしら。
どうぞ座りください。ソファーでもダイニングでも。
ありがとう。
志々子はそう言うと、ダイニングの椅子を引いて、腰掛けた。
お母さん、少しふっくらしたんじゃない?
志々子でしょは、むかかつ向かいに座った自分の母親を、至近距離でまじまじと見つめた。
少し太ったのよ。
なんだかよ、若くなったわよ。前はガリガリだったから老けて見えたもの。
ここに越してきてから食欲が出ちゃったの。
志々子さん、コーヒーでいいですか?
篤子さん、コーヒーじゃなくて煎茶にしてくださる?
と姑が言った。
美味しいキンツバを買って来てくれたから、篤子さんも一緒に頂きましょう。
ねえ、ちゃんと特製粒餡のを買ってきてくれた?
買ってきたわよ。それも20個も。1個250円もするのに。
やね、ケチケチしちゃって。高級取りの奥様のくせに。
はいはい。
呆れ顔でそう答えた後、しみじみと言った。なんだかお母さん変わったわね。
そう?少し太ったからじゃない?
そうじゃなくて、雰囲気は昔に戻ってる。
和栗堂の店先でシャキシャキ働いてた頃みたいな顔してルワ。
ついこの前までは、生きる気力を失くしたみたいにぼうっとしてたくせに。
親に向かって、くせにっていう言い方、ないでしょ。
だって、お母さんたら・・・
そういった志々子の表情がいきなり変わった。
下唇をかみしめてふいている。
まるで、母親に甘えたくて仕方がない幼稚園児が拗ねたときのような横顔だった。
いつだったか、彼女は子供みたいに泣いたことがあった。兄ばかりが可愛がられていたと言い、ステーキの大きさの違いを恨みに持っていったのには驚かされた。あの時と同じ顔つきだ。
篤子さんがお母さんによくしてくれてる事はわかってるの。だけどね。・・・なんて言うのかな、ここまで嫁と姑が麻薬やってるなんて思わなかったから・・・・
うまくいけないことを期待していたと言うふうに聞こえる。
豪邸ならいざ知らず、マンションでの同居はストレスが溜まることも多かった。姑だって遠慮して暮らしているはずだ。
お母さんたら、すごく生き生きしちゃって。
まるで残念そうな物言いだった。
この志々子というひとは寂しいのだ。母親に可愛いがられなかったという思いが、60歳近くになった今でも癒されないままなのだろう。
櫻堂が言ったトラウマと言う言葉が、やっと理解できた気がした。
ここに、引っ越して来てから、波瀾万丈だもの。そりゃ私だって生き生きしちゃうわ。
波瀾万丈って、例えばなあに?
志々子が甘え声で尋ねる。
篤子は煎茶を淹れ、お持たせのキンツバを菓子盆に移し替えてから、姑の隣に座った。
私ね、年金詐欺の片棒を担いだのよと姑は得意気に言い放った。
お義母さん!
篤子はびっくりして、思わず姑の袖を引っ張った。
まさか、志々子に行ってしまうとは。
年金詐欺?なんなの、それ
志々子の表情が一変した。
篤子は睨んだ後、姑の袖を掴んだままの篤子の手に視線が流れる。
篤子は弾かれたように手を放した。
お義母さん、あの話はここではちょっと・・・
いいじゃないの。志々子は身内なんだし、それに、もう終わったことよ。
そりゃあそうかもしれませんが、でも・・・・
いいの、いいの。志々子は他人に言いふらすわけないんだし。
姑は高らかに笑った。娘が会いにきてくれたのがよほど嬉しかったのか、上機嫌だった。
志津子、あのね、驚かないでよ、実はね勿体をつかたあと、姑は1部指示を話し始めた。ちらちらと敦子に向ける静子の姿勢がどんどん鋭くなっている。いた。たまれなくなり、自分の部屋へ引っ込みたくなった。だが、今席外したら、姑は話に尾鰭をつけて、おもしろおかしく話す恐れがある。
そう思うと、立ち上がれなかった。
話を聞き終えても、志々子は、へえ、なるほどねと冷たく言ったきりで、批判もしなければ感想も言わない。それが帰って恐ろしかった。
ゆっくりしていってくださいね。
そういって、自分の部屋に引っ込もうと椅子から立ち上がった。
気をつかせたつもりだった。久しぶりに母娘2人だけで話をしたいだろう。
姑は実の娘に、嫁の悪口を聞いてもらいたいかもしれない。
姑にもストレスが溜まっているだろうから。
それなのに。
私、そろそろ帰るわ
志々子は椅子をガタンと言わせて立ち上がった。
えつ。もうお帰りですか?
用事思い出したの
いつもの毅然とした態度に戻っていた。
私はいつでも家にいるから、また来るといいわと姑が言う。
そうは行かないわよ。篤子さんが留守の時に、家に上がり込むのは篤子さんに悪いもの。
こういうところが、志々子の良いところだと篤子は思う。性格は合わないが、やはり信頼に足る女性である。
志々子さん、私は別に構わないですよ、ここはお母さんの家でもあるんですから。
喜んでくれるかと思ったら、予想に反して、志々子はむっとした表情を晒した。
何んなのだろう?こっちは気を使っていったのに。感じ悪いったらありやしない。
ついさっき、信頼に足る女性だと思ったが、心の中で即刻取り消した。
小1時間ほど経った頃、玄関ドアの鍵がガチありと開く音がした。
志々子と入れ違いに夫が帰ってきたのだろう。
台所にいた篤子は手を止めることなく、ごぼうのササガキをリズミカルに続けていた。
お母さん、お久しぶり。
背後からさやかの声がしたので、驚いて振り返った。
まぁ、さやかじゃないの。元気にしてたの?
さやかの全身に、素早く目を走らせる。レモ色の半袖のTシャツに渋の白い。コットンパンツと言う。珍しい服装だった。見たところ、傷はない。だからといって安心はできない。洋服で隠れて見えない。
背中や腹のあたりにあるかもしれない。
部屋から出てきた姑がさやかを見上げた。
もしかして・・・・さやかちゃんなのなの?
そうだよ。
わからなかったわ。
やだ。おばあちゃんからボケちゃったの?
さやか、そういう言い方失礼よ。
だって孫は10人もいるなら、ともかく、4人の孫のうち、女は私1人だよ。
さやか、いい加減にしなさい。お義母さんは、久しぶりだからわからなかったのよ。
篤子さん、そうじゃないのよ。さやかちゃん、すごく変わったわ。
姑にも、さやかは苦労している事は透けて見えてしまうのか。胸が潰れる思いだった。
さやかちゃんが男まさりの性格だとは知らなかったわ。
冷蔵庫に頭を突っ込んでいる。さやかの姿を見ながら、姑は言った。
男まさり、ですか?
古い言葉だったわね。一家を背負ってる感じ。きっとかかあ天下ね。夫を尻に敷いてる。
そんな事は・・・・ないと思いますよ。
あるあると姑がおかしそうに笑う。
2人の会話が聞こえているだろうに、さやかは振り返りもせず、台所の抽斗を端から順にみて回っている。
お母さん、これもらってていい?
家から紙袋を持ってきたらしい。
中を覗いてみると、粉チーズにハムに、冷凍庫の中の肉や魚をぎっしり入っていた。
いいけど・・・・お金がないの?
お金なんて全然ないよ。あいつ給料めっちゃ少ないし。
ますます答え遣いが悪くなってきた。
さやかちゃんは働いてないの?と姑が尋ねる。
もちろん働いてるよ。相変わらず文化屋の店先で雑貨売ってる。
さやかが結婚後も働いていたなんて知らなかった。
お金持ちのお坊っちゃんと結婚したんじゃなかったのと姑が遠慮なく尋ねる。
親は金持ちでも、琢磨サラリーマンだから関係ないよ。冬には子供が生まれるって言うのに、あれじゃあ困ったもんだよ。
子供ができたの?どうしてすぐに言ってくれないのよ。
今言ったじゃん。
これが、あのおとなしくて頼りなかった娘だろうか。
不思議な思いでさやかを見つめた。
琢磨は親から見放されてるよ。
スーパーは優秀なお姉さんが継ぐみたいだよ。
だって結婚式か盛大だったじゃない。
あんなの商売所の必要があってのことだよ。一応琢磨は長男なんだから地味混じゃかっこつかなかったんでしょ。
さやか、なんだか変わったと知らない間につぶやいていた。
それは変わるよ。私がしっかりしなきゃ、家庭が立ち行かないもん。
ねぇ、さやか、琢磨さんは暴力を振ったりはしない?
またそれ?そんなことするわけないじゃん。私がひっぱたい事は何度かあるけど。そうね。
そう言って苦笑する。
旦那様には優しくしてあげなきゃだめよ。
姑が厳しい顔で注意した。人生の伴侶なんだから持ちつ持たれつよ。
姑が厳しい顔で注意した。人生の伴侶なんだから、持ちつ持たれつよ。
うん、わかってるよ。おばあちゃん
さやかは素直に答えた。だけど、あいつ、私よりとろいんだよ。ついイライラしちゃって。
大黒柱が倒れたら、一家総倒れよ。子供も生まれるんだし、大切にしてあげなきゃ。
おばあちゃん、いいこと言うね。要は琢磨は金づるってことだね。
なんて言う言い方するのよと篤子が思わず、大きな声で叱ると、ペロっとしたを出した。
さやか、よく聞いてちょうだい。
男だろうが、女だろうが暴力はいけないわ。
金輪際辞めるのよ。
うん、わかった。本当は反省している。
それにしても、さやかちゃん、妊娠中なのに、そんな重いものを持って大丈夫なの?
姑が、大きく膨らんだ紙袋を見て心配そうに言った。
軽くて金目のものしかもらってないから大丈夫だよ。
さやかは平然と言った。パスタと小麦粉は重いからやめた。買ったところで安いしね。
その時、いきなり姑が声えたからかに笑った。
篤子さん、本当に子育てがお上手ね。
息を呑んだ。なんといやらしい皮肉を言うのだろう。
だって、さやかちゃんがこんなに図々しいおばさんになってるなんて。
そう言って、また声を出して笑う。頼もしいわよ。それに比べて志々子なんて・・・
姑は微笑みを消して大きなため息をついた。
あの子はいい年をして、いまだに繊細で神経質で芯が弱くて・・・何歳になっても心配よ
志々子を心配していたなど、今まで思いもしなかった。
子育てが上手だと言ったのは皮肉でなかったらしい。
それでは、図々しいおばさんは、これにて失礼いたします。
さやかは、笑いながら、そう言って、退けると、紙袋、しっかり握り締めて、玄関に向かった。
バタンとしまった。玄関ドアを見つめて、姑は言った。さやかちゃん、やっと人生の主役になれたって感じね。幸せそうで安心したわ。
篤子の目頭が熱くなってきた。
その日、夫の帰りは遅かった。
遅いといっても、午後7時だ。
会社に勤めている頃は、10時11時が当たり前だったが、リストラされてからは、夕方には家にいるのが普通になっていたので、7時でも遅く感じた。
いったい、どこに行ってたの?
・・・・うん。
夫はそのまま食卓についたが、食欲が湧かないのか、あまり食べなかった。
志々子さんから、これもらったのよ。食べる。
甘いものなら食べるかと思って、きんつばを出すと、顔がほんの少し緩んだ。そうか。
懐かしいなぁ。ここのきんつばは、和栗堂のと、味が似てるんだ。
茶碗のご飯はほとんど食べてないのに、きんつばは手を伸ばした。
お袋は、もう寝たのか?
今お風呂に入ってる。
ふーん。
夫は、浴室のある方向に目をやってから篤子へ向き直り、声を落としていった。
実は、今日の昼間、俺が本屋にいたら志々子から、携帯に電話があったんだ。
へー、何時ごろ
4時過ぎだったかなぁ。
志々子が帰って言った時間だ。
深刻そうな声で、兄さんちょっと話があるから、駅前の喫茶店に来てなんて言うもんだから会ってきたよ。
夫は、そう言ったきり、きんつばを食べながら、煎茶を飲んだ。
話って何だったの?
全部聞いたよ。年金詐欺のこと。
え?
怒るかと思ったら、夫は苦労かけて、すまんと弱々しく言った。
志々子さん、怒ってた?
怒ってたなんてもんじゃないよと苦笑した。
私がお義母さんを手なずけて、無理やりやらせたって思ったでしょうね。
いや、それはない。
お袋の非常識さに腹を立てたよ。それと俺があまりに監督付き届で無責任だって。
お袋に目が行ってない証拠だって。
私の事は?何か言ってた?
言ってたよ。篤子さんはお袋に巻き込まれて大変だろうって。
そういう公平な見方ができるところが、志々子の良いところだと改めて思った。
やはり彼女は信頼できる。
ごめんな。篤子やお袋にまでそんな惨めなことをさせたなんて。
私もどうかしてたよ。軽率だった。
そこまで切羽詰まってるってことだよな。
まぁね。失業保険が切れたとのことを思うと・・・
何とかするよ。
仕事のあてでもあるの?
・・・・うん、ないこともないんだ。
そう言って、真剣な目つきで宙を見つめてから、冷たい煎茶をゴクゴクと飲みをした。
そういえば、志々子が言ってたけど・・・・
と、夫はいいにくそうに目を泳がせた。
はっきり言ってよ。
・・・・うん、篤子の淹れたお茶がまずかったって。
あれは安いお茶つ葉だって
姑の好みの茶葉は、最初だけで、すぐにスーパーで安売りしている大袋に変えたんだった。
気をつけてやってくれよな。お袋はお茶と言えば鹿児島の・・・
思い切りにらみつけると、夫は黙った。
ついさっき、志々子は信頼できる女性だと思ったが、心の中で二重線で消した。
やっぱり、この兄弟、どっちも大嫌い
だって家の中はしんとしていた。
姑は志々子に誘われて、歌舞伎を見に行った。
夕飯も外で済ませてくると言うから、今夜は冷蔵庫の残り物を利用して簡単に済ませよう。
これほど心からくつろげるのは久しぶりだった。
姑には、今日のようにちょくちょく外出してもらいたいものだ。
ソファーに座った時、リモコンが手に触れたので、何気なくテレビをつけた。
すると、見たことのある顔がアップで映し出された。城ヶ崎先生に似ていた。
急いでテロップの文字を覆う。
城ヶ崎綾乃(75)
やっぱり先生だ。一体どうしたの?
誰もいないリビングで、思わずテレビに話しかけていた。
警視庁赤坂署は昨夜遅く、被害者の妻を殺人容疑で逮捕しました。
殺人?先生が人が殺したっていうの?嘘でしょう。何かの間違いよ。
知らない間に大声を出していた。
次のニュースに切り替わった。別のチャンネルに回してみるが、城ヶ崎に関わるニュースはやっていない。
すぐさま自室へ行き、パソコンでニュースを検索すると、記事は見つかった。
それによると、夫の城ヶ崎英明は脳梗塞で倒れてから10年以上寝たきりだったらしい。しかも、餓狼経営で借金を重ねていて、
自営業のため年金額も少なかった。頼みの綱の40代独身の一人息子は、20代後半から引きこもりになってしまっていたため、城ヶ崎先生1人の稼ぎで一家を支えてきた。
長年の疲労とストレスが、動悸の1人と分析されていた。
あまりの衝撃で、篤子はしばらく壁を見つめたまま動けずにいた。
自分の知り合いの中で、城ヶ崎先生ほどエレガントの女性はいない。本来ならば、人を殺すなどと言う行為とは、対極のところにいるべき人なのだ。
虫を殺すのさえ合わない。美しい人だ。教室での麗しい笑顔の裏には、大型生活が隠されていたのだろうか。
その精神の強靭さは、本当の意味での育ちの良さから来るものかもしれない。
その判明、自分のように夫婦揃ってリストラされちゃったのよ。もうお金がないのと、弱音を吐いて、しまえる、端も外部もない庶民感覚を、先生は持ち合わせていなかった。
相談できる人は誰1人いなかったんだろうか?
昨年の暮れだったか、ひどくついて行った時があった。
あの時、声をかけてあげるべきではなかったか。でも、自分ごとき若輩者が、なんと言えばよかったのか。今考えてみてもわからない。
いや、嫌われてもいいから、笑われてもいいから、私でよかったら相談に乗りますよ。とでも話してかけてみればよかった。勇気を出して。
その時ポケットに入れた携帯電話が鳴ったので、びくっとした。
もしもし、篤子さん、ニュースを見ました?
いきなりさつきの声が耳に飛び込んできた。
見たよ。びっくりした。
あの先生に、そんな事情があったなんて・・・・
人って見かけじゃわからないね。
お金に困っていたなんて。あの優雅さからは想像すらできなかった。
どこから見たって、私好きで働いておりますのよ。
経済的には働く必要なんてまるでないんでございますけれどね、と言う雰囲気を常に醸し出していたではないか。
いつも楽しそうでしたよね。昨年末あたりから、お疲れのご様子も時々お見受けしましたけど、今年のせいだと思っていました。
きっと切羽詰まってたんだろうね。
教室をいくつも掛け持ちしてることを美乃留さんから聞いたことがあったでしょう。
あの時、私は城ヶ崎先生はほんとにお花が好きで、その美しさ多くの人に知ってもらうことが生きがいなんだろう、なんて思ったんです。
私としたことが、柄にもなく。
私だって、そう思ったよ、なんだかかわいそうだね。
何か私たちでやってあげられる事は無いでしょうか。
何かしてあげたいね。
互いに声が上ずっていた。
あ、そうだ。報告遅れましたけど。行方不明だったお義母さんが帰ってきたんです。
ほんと?今までどこにいらしたの?
死体を床下に埋めたのではないかという疑惑が、日を追うごとに確信に変わっていたのだが、事実は違ったらしい
施設でお世話になっていたんです。
この前テレビで、自分が誰だかわからないって言う特集番組があったらしいんです。
私もそれ見たよ。
その番組にお義母さんが映っているのを、主人の姉が見つけたんです。見つかってほっとしました。大人のおばあさんが疑り深くて参ってたんです。
それは大変だったね。で、今は家にいらっしゃるの。
いえ、帰宅そうそう、ご縁性肺炎になってしまって入院したんです。
隣家のおばあさんに病院教えたら、すぐに見舞いに行ったみたいで、
それ以降は疑われずに済んでます。
ね、さつきさん。行方不明だったなら、どうして今まで警察に届けなかったの?
これで何度目の質問だろう。さつきだけではない。いとこにしろ、元県議会員にしろ、警察に届けないのが不思議にならなかった。
死体を隠していると思われても仕方がないと思う。
それは・・・もしもどこかで死体が見つかったら、年金が入らなくなるからです。
やっぱりそうだったのね。
ご存知の通り、パン屋の経営が厳しくなったでしょう。そうなると義母の年金が我が家にはなくてはならないものになってしまったんですよ。
とにもかくにもさつきの姑が生きていて、本当によかった。
身代わりを引き受けた罪が、きれい。さっぱり消えたように感じられた。
全身に、安堵が広がってみると、今日まで、心の底に、罪の意識が常にあったことに改めて気づく。
やはり調子者は正直に生きていくのが似合っているらしい。
その夜勇人から電話がかかってきた。
篤子さんの言ってること。本当だったよ。
いきなり勇人はそう言った。
琢磨さんて、社内じゃ恐妻家で有名らしいよ。
暴力を振っていたのは、琢磨ではなくて、さやかの方らしいとわかった日、すぐに電話で教えてやったのだった。
勇人は先週、学生時代のアルバイト仲間で飲み会をしたと言う。
その時、琢磨と同じ山岡貿易で働いている先輩が噂を聞かせてくれたらしい。
とんだ勘違いだったわね。勇人まで巻き込んでしまってごめんね。
あれじゃあだって誤解するよ。
それにしても、さやかあんな風に変わっちゃうなんてびっくりよ。
もともとそういう素質はあったと思うよ。僕にはいつだって偉そうにしてたもん。
そう言ってみればそうだ。あれは弟相手だからと思っていたが。
篤子さん、孫が生まれるの、楽しみでしょう。
そりゃそうよ。勇人もおじさんになるのよ。
そうか、僕はおじさんとはね。小学生になったらあの馬鹿夫婦に代わって勉強教えて。やんなきゃな。
そうね、頼むわよ。
しみじみと幸せな気分だった。
翌週、志々子がまた訪ねてきた。
前日に連絡をもらっていたが、茶葉を買い換えることはしなかった。
篤子さん、悪いんだけどね、私、お母さんを家に引き取りたいと思うのよ。
来るなり、志々子は切り出した。
姑はいきなりで驚いたのか、何も言わずに志々子を見つめている。
だが、篤子は驚かなかった。そうくるだろうと、昨夜電話もらった時から想像がついていた。
姑が、年金詐欺の片方を担いだからここに置いておくのが、心配なのではなく、志々子は寂しいのだ。
いまだに母親の愛を求めている。
母親の愛が兄ばかりに向けられていたかと思えば、今度は嫁とも仲良く暮らしている。その疎外感に耐えられなかったのだろう。
篤子さんは、どう思うと姑が上目遣いでこちらを見る。
とても良いことだと思いますよ。そう答えると、姑は嬉しさを隠し切れないような満面の笑みになった。
年金60,000円が入らなくなることが、ふと頭をよぎったが、姑のいない気楽な生活に戻れるらしさの魔法が、何倍も勝っていた。
じゃあ決まりねと志々子は言うと、1枚の紙をバックから取り出して広げた。
そこにはスケジュールが書かれていた。
志々子の家の一階の奥の部屋を姑用にリフォームする日程から始まり、姑の引っ越しなどが記載されていた。
その夜、夫はほんのり、酒の匂いをさせて帰ってきた。
遅かったわね。どこに行ってたの?
うん、ちょっと人と会ってたんだ。
人って誰よ。
・・・うん
言いにくそうにしているが、さっぱりした表情だ。
何かいいことでもあったの?
いいことって言えるかどうか・・・
ずいぶんもったいぶる。
実は、天馬に電話してみたんだ
その先は聞かなくても、うまくいったことが顔に現れていた。
現場管理の仕事に復帰することになったよ。
いいの?天馬さんの下で働けるの?
久しぶりに会ったら、あいつもずいぶん人間が丸くなってたよ。
天馬もああ見えて、いろいろ苦労してきたみたいだ。
いつから働くの?
来週からだ。
お弁当作ってあげる。
そうか悪いなぁ。
節約のためよ。
そりゃそうだ。
夫に職が見つかってよかった。
身体の隅々まで安心感で満たされた思いがした。
まだ昼間は暑いが、コンビの仕事を終えて外へ出ると、少し涼しい風が頬が出た。
自分の中の何を刺激するのかわからないが、秋の気配を感じると、妙に難しくなるのは毎年のことだ。
散歩がてらさつきのベーカリーを覗いてみよう。姑はクリームパンを気に入ったようだから、買って帰ってあげよう。
再来週になると、姑は引っ越していく。志々子の家のリフォームがもうすぐ終わるからだ。
自転車を漕ぐ足に力を入れると、髪が風に揺れて、清々しい気持ちになった。
前方にさつきのベーカリーが見えてきた。定休日でもないのに、クローズの札がかかっている。
自転車降りて、店の横の細いツールを進み、昔ながらの呼び鈴を鳴らした。
誰も出てこない。どこかへ出かけたのだろうか。
竹乃さんが、亡くなったのよ。背後からいきなり声がした。振り返ると、隣家のおばあさんが仁立ちになって、じっとこちらを見つめていた。
ご縁性肺炎をこじらせちゃってね、今朝早く入院先で亡くなったのよ。
そうだったんですか?
家に帰り、早速姑に話して聞かせると、一度お会いしたかったわと残念そうだった。
その時、携帯が鳴った。さつきからだった。
お義母さんが亡くなったんです。区の調査の時、ご協力いただいたので、一応お知らせだけしておこうと思ってお電話しました。
ご愁傷様でした。手伝えることがあったら何でも言ってね。
ありがとうございます。
でも、一家総出でやれば、何とかなりそうなんで
さつきちゃん、もし迷惑でなかったら、ぜひお手伝いさせてもらいたいの。
は?葬式をですか?
どういった式にするのか見てみたいの。
さつきの舅が亡くなった時の葬儀の様子を聞いたことがあった。お金をかけず、心頭たまる式だったらしい。それをどこからでも見たかった。
親族だけでやると言うのなら、前日までの手伝いだけでもいい。
だったら来てくださいますか?実は人手が欲しかったんです。
子供たちは仕事があるし、親戚はみんな年寄りばかりだから、本当は困ってたんです。
電話を切ると、姑が興味津々といった顔つきで、そばに寄ってきた。
今の電話、さつきさんからだったんでしょう。篤子さん、お葬式のお手伝いに行くの?
えー、そうなんです。
私も手伝いたいわ。
え?いや・・・それはどうでしょうか
年寄りが行っても、邪魔になるだけだし、さつきにも気をつかせてしまう。
邪魔になようにするから、ねつ
姑のしおらしい声が、あまりにわざとらしく、吹き出しそうになったので、唇に力を入れて、目をそらした。
わたくし、お煮しめだって上手に作れんのよ。
それは知ってますけど。
それにね、私には行く権利があると思うの。
さつきの塩らしさは、どこへ行ったのか一変して居丈高な物言いなった。
権利とおっしゃいますと?
区役所が調査に来たときに、身代わりになってあげたのは、わたくしよ。
それは・・・そうかもしれませんが。
だって篤子さんは行くんでしょう?
えー、何かお役に立てればと思いまして。
今さっきの電話だと、一旦さつきに断られたのに、それでもすごく行きたいって言ってたじゃないの。
人の電話をよくそこまでしっかり聞いているものだ。
えー?そうでしたでしょうかととぼける。
お義母さん、あなたが死んだときのために、何か参考になるかもしれないと思ったんですよ、などといくらなんでも口には出せない。
篤子さん、あなた、私の葬式を出すときの参考にしようと思ってるんでしょう?
まさか、そんな・・・お義母さんにまだまだ長生きしていただきたいと思ってます。
やあね。上手いこと言っちゃって。とにかくね、私くし行くわ
姑に押し切られる形で、2人で手伝いに行くことになってしまった。
ジーンズ姿のさつきが出迎えてくれた。どうもすみません。お母様まで来ていただいて。
とんでもない。私も勉強になると思ったのよ。ほら、主人が亡くなったときにね。章や篤子さんにずいぶんお金を負担させてしまって申し訳なかったと思っているの。だからね、私の時はお金をかけないでもらいたいの。それにはどういう葬儀にすればいいかを学ばせてもらいたいの。
お役に立てますかどうか。今回は徹底的に節約しますから、非常識だと思われるかもしれないです。
非常識、大いに結構よ。居間へ通されたあと、さつきがすぐに台所引っ込んだので、篤子は慌てて声をかけた。
さつきちゃん、お茶はいらないわ。私たちは手伝いに来たんだから、気を使わないで。
実際に、ペットボル取る持参できたのだ。
でも、やっぱり、熱いお茶位飲んでください。売れ残りのウィスパンもありますから。
さつきは、1つサイズに切った菓子パンをお茶に添えて出してくれた。
篤子さん、お言葉に甘えましょ。まずはどんなお葬式にするのかをじっくりききやかなきゃ。
3人で卓袱台を囲むと、さつきが話し出した。
心温まる葬儀にしたいと思ってます。
でも、なるべくお金がかからない方法で。
アートフラワー教室の城ヶ崎先生(奥様)が、殺人容疑で逮捕されました。旦那様が脳梗塞で、10年位寝たきりになってしまったそうで、(奥様)が家計を担っていった結果です。次回をお楽しみに!!
田澤 美雪&田中 深雪より

