今日は海老と卵の丼を作ってみました!
今日は、ライフに買い物に行きました!
2026年8月14日(金)晴れ 茂木 健一郎著 書く習慣で脳は本気になる。p251〜p281抜粋
現代の日本に生きる我々が脱しなければならないものは、組織という枠組みそのものです。
もちろん、脱藩をキーワードに掲げているからと言って、すぐに会社を辞めなさいと言っているわけではありません。
僕自身もソニーコンピュターサイエンス研究所という組織に関係していますし、周りにいるたくさんの人も組織に所属しなたら働いています。
ここで言いたいのは、組織に関係していても、組織の理論で自分の行動を決めるようになってはならないと言うことです。
組織にいることで本当にやりたいことを実現することができないのならば、会社を脱藩してでも自分の道を貫くことがあってもいいのです。
プリンシプルがあればブレない
何度も言うようですが、人生は偶有性の連続で、次に何が起こるかは誰にもわかりません。
実際に何が起こるか誰にもわかりません。
実際に何か事が起こった時に、自分の中にプリンシプルを持っていれば・・・言い換えれば、自分の中にこれだけは譲れない。
これがあれば大丈夫だと言う確実性を持っていれば不況になろうが会社をクビになろうが定年退職しょうが、自分自身が揺らぐことはありません。
プリンシプルとは、生きる上での原理・原則・信条のことを言います。
脳科学的な視点から言えば、総合的な人格力と言えます。
経験や記憶、感情といったものが合わさって作られる人格の豊かかさこそがその人の生きるプリンシプルです。
ビジネスとは、プリンシプルを磨く、場です。
切った張ったの世界で、プリンシプルを磨いてなければ、どんなに肩書きがすごくてもいくら学歴があっても絶対に太刀打ちできません。
実務をやっていらっしゃる方はもうよくご存じでしょうが、九割ぐらいまで準備を進めていたプロジェクトが、ある日突然中止になるなんてことは当たり前のようにあります。
日々状況が変化しているわけですから、これはいけると思ったプロジェクトがこのままでは失敗すると気づいたら、即座に中止の判断ができなければ、ビジネスの世界で生き残ってはいけません。
リーダーたる経営者であれば、いつでもそういう厳しい決断ができなくてはならないのです。
僕の若い頃もそうでしたが。20代の頃は自分が全身全霊を傾けたプロジェクトが完成間近で潰されるという偶有性にはなかなか耐えられません。
その時にだからうちの会社はダメなんだと腐ってもいけないし、こんな会社は嫌だといって辞めてしまうのは、私が勧める脱藩の形とは異なります。
気持ちを切り替えて次のプロジェクトにも全力で取りかかる事ができるかどうかが、偶有性を生きると言うことです。
仕事をしていれば、いい時も悪い時もあります。
その1つ1つに揺らいでいては、身が持ちません。
組織というものに頼らないで、自分一人できちんとやっていける人間になるためには、自分の中にプリンシプルを持つことが不可欠です。
僕が声を大にして言いたいのは、決して、自分以外のものにプリンシプルを質入れするなということ。
自分以外なものにブランド大学に頼り、正社員であることに頼って、そこに合わせて自分の行動を決めるということです。
仮に、大企業の社員であることを基準に自らのプリンシプルを決めていたら、ある日突然会社が潰れたり会社からリストラされたりしたら、その人の存在価値は無くなってしまいます。
先日も都内を歩いていたところ、就職活動中らしい女子学生たちが大勢いるところに遭遇しました。
その数にも驚きましたが、何よりも僕がびっくりしたのは彼女たちの格好でした。
揃いも揃って同じような黒のリクルートスーツを身にまとい、しかもほとんど個人の区別がつかないくらい似たような化粧と髪型をしています。
そもそも、大学三年性になったら就職活動をする国など、世界中を見回してどこにもありません。
これまでも幾度か提言していることですが、海外の大学には、ギヤップイヤーなるものがあります。
学業を一段落させて、職に就くまでの一年間を、若者たちは自由に使っていいことになっています。
海外を放浪するのでもいい、ボランティアにいそしむのでもいい。それまでとは離れた場所で人生を過ごす。
履歴書にわずか半年でも空白期間があることを異様に恐れる日本人には全く信じられないことでしょうが、様々な体験を通じてビジネスに必要な能力を培ったとみなすのが、他の国の常識です。
毎年毎年新卒者ばかりを採用している国には、本当の意味での革新も経済発展もあり得ません。
その責任を新しく社会に入る学生たちにあるのではなく、そのような旧態依然とした常識をありがたくも掲げている企業側や大学側にあります。
そんな大学・企業に入学・就職することは、プリンシプルを質入れすることと同じです。
日本の就活は異様さを通り越して、滑稽ですらあります。とっととやり方を変えるべきでしょう。
私塾で学ぶ不思議なことに、明治維新を推し進めていった多くの人材は、私塾から輩出しています。
私塾とは、幕府や藩といった組織が設置した教育機関とは異なり。塾主の個性と人格、有志者の自発性を基盤として発展した教育機関です。
例えば吉田松陰の松下村塾からは、久坂玄端や高杉晋作、吉田稔麿など倒幕運動の中で重要な役割を果たした人物や、伊藤博文、山県有朋らの政治家、
大学の創業者など近代日本を作った人材が輩出しました。
また、医師で蘭学者の緒方洪庵の適塾からも慶應義塾大学の創設者である
福沢諭吉や学習院院長などを歴任した大島圭介、日本近代陸軍を創設した大村益次郎など、幕末から明治維新にかけて活躍した多くの人材が輩出しました。
私塾は正規の教育機関ではありませんから、エリートを養成することを目的としません。
師と仰ぐ人物の下に志を同じくする者が集まり、切磋琢磨していく場です。
カリキュラムもなく学び方も自由。自分を成長させたい。人の役に立ちたい。社会を変えたい。という情熱や意志があります。
就職予備校に成り下がった日本の大学にそういう役割は期待できません。
学びたいという気持ちがあるならインターネット上には世界中の文献を見つけることができますし、私的な勉強会やカルチャースクールに行くのもいい。
学ぶべき場を見つけることは、とても幸せなことです。
人生の師を見つける。
あの坂本竜馬でさえ、自分一人でプリンシプルを磨いたわけではありません。
竜馬に自らのプリンシプルを持つに至らしめた源流があります。
それは、勝海舟を暗殺するための会談を申し込み、対面を果たしました。
この時、海舟は竜馬が暗殺しにきたのを知った上で、世界情勢と攘夷論の愚かしさを説き、海軍の創設とその費用を生む出す貿易の必要性を論じ増田。
龍馬は、海舟の話を聞いているうちに、見識の広さと人物の大きさに感服し、その場で弟子入りします。
僕にとって、そのような人物の一人として挙げられるのは、解剖学者の養老孟司先生です。最初にお会いしたのは、養老先生がホストを務める、日経サイエンスの対談のゲストに呼ばれた時でした。
初めて会う気がしないねと言われたことは、昨日のことのように覚えています。
それ以来のお付き合いの中で、きびしさと優しさが同居するその人柄に惹きつけられています。
豊な人格を育んでくれるのは、必ずしも、組織ではありません。
自分の人生の師にめぐり合うことです。
もし自分には衣装をかけて師事する尊敬すべき人物が見つからないという人がいたら、1日でも早く自分の師を見つけてください。
ナントカ大学に行って勉強するとかいうくだらない発想を止めて、自分の人生の師はこの人だという人を見つける方がこれからの時代にあっています。
その人生の師がどこにいるのかは、まったくわかりません。
もしかしたら、部署が全く違う会社の人かもしれないし、近所のラーメン屋のおじさんかもしれません。
誰が誰の師匠になるか、いつその人と出会えるかもわからない。それもまた人生の偶有性の1つです。
師匠を持つことも、一つの才能なのかもしれません。
言葉の有段者を目指す。
囲碁や将棋、柔道や剣道などに置いて技能の段階を表すための級位や段位を決める基準は、その言葉をどれだけ理解できているか、意味するところをどれだけ実践できているか、ということになるでしょう。
愛という言葉で考えてみます。
その言葉の本当の意味を理解し、かつ実践した人といえば、マザー・テレサがあげられます。
マザーテレサは、カトリック教会の修道女でしたが、教師として赴任ウィたカルカッタ現・(コルカタ)で現地の貧しい人々の姿に衝撃を受け、修道院を離れてもっとも貧しい人々のために働こうと決意します。
その後、彼女はインド女性の着る質素なサリーを身にまとい、誰からも見捨てられてしまった人たちのホスピスや児童養護施設を開き、生涯に渡って貧しい人々のために献身的に働きます。
マザーテレサは、貧しい人々のために愛を惜しみなく与え愛という言葉を生きた人でした。
愛という言葉で世界を動かし、変えていきました。
マザーテレサは、間違いなく、愛という言葉の上位有段者といえます。
僕自身も偶有性という言葉を使っていますが、まだ三級か四級くらいかもしれません。
毎日、言葉を発信していますが、まだまだ社会を動かすまでには至りません。
ステイーぶ・ジョブズのように、言葉で自分を語って、そのメッセージで社会を変えていきたいものです。
ある言葉の意味するところを実践できるようになるには、それこそ一生かけて鍛錬していくしかありません。
それは、言葉でなくても剣道にしても将棋にしても、同じ言です。
初級から初めて、有段者になるには、毎日の練習を積み重ねていくしかないのです。
言葉を社会を作り、動かします。
フランス革命は、自由・平等・博愛という言葉を革命の精神に掲げました。
この言葉の持つ精神は、その後の市民社会や民主主義の土台となり、ヨーロッパのみならず、世界中に広がっていきました。日本においても、自由民権運動の原動力となりました。
また、革命政府が欧州で異端とされ迫害されてきた芸術家たちを保護した結果、自由と求める芸術家が欧州中から集まり、パリは今日のような芸術やフアッションの中心となりました。フランス革命がなかったら、パリが芸術の都になるなんてことはなかったでしょう。
フランス革命が掲げた自由・平等・博愛という言葉は、政治や市民社会の変革だけでなく、文化や芸術にまで影響をおよぼいています。
言葉は社会を変える力を持っています。
日本人は就職活動を就活、結婚活動を婚活、恋愛活動を恋活、最近は出産活動を産活、主婦の就職活動を主婦活というように、とかく様々な事柄にネーミングをしたがります。
それが社会を活性化させている面がないわけではありませんが、その言葉に踊らされないようにしてほしいのです。
社会が生み出した言葉に従って生きるのではなく、むしろ自分のものにした言葉を行動の基準にしていく。
それは、言葉の級位をあげる人にしかできないことです。
英語で日本を発信する僕にとって長年、潜在的なコンプレックスになっているものがありました。
それが英語です。
英語といっても、会話やライティングの能力ではなく、日本のことを英語で紹介することに対するコンプレックスです。
日本人共通の課題と言えるでしょう。
僕は尾崎豊の大フアンなので、カラオケでは、15の夜や卒業といった歌を常に熱唱していますし、潜在先のホテルでもよくユーチューブで彼の曲をバックミュジックにかけています。
日本語の歌なので、当然といえば当然かもしれませんが、彼の存在を知っている人は海外ではほとんどいません。
日本の一時代の象徴のような存在であっても、尾崎豊に浮いて書かれている英語版ウィキペディア
の記述はほんのわずかで、それとて正当な記述とは言えません。
また僕は数年前に、室町時代の屏風、日月山水図とじっくり向き合う幸運な時間を持ちました。
この作者不明の屏風は普段は金剛寺にあり、年に2回程度しか公開されない国の重要文化財ですが、初めて出会ったときの衝撃は今でもはっきりと覚えています。
どれほど眺めていようと抱くことを知らず、30分はその場から動けなかったものです。
その後の予定がねkれば一日中でもその前で佇んでいたのではないでしょうか。
日本には、心を震わせる美術や音楽、伝統芸能がたくさんあります。
それらを積極的に英語で外国人に伝えようという努力を自分がしてきたのかというと、過去を振り返っても、残念ながらそうではありません。
僕たち日本人は、明治以降、西欧の歴史や文化を一生懸命勉強してきたことで、今日、シェークスピアの戯曲の数々や、レオドナルド・ダ・ヴィンチのことを深く理解しているかもしれません。
尾崎豊を知らないのも、日月山水図を知らないのも、そのほか多くの日本の文化人や芸術家を知らないのも、西洋人にとっては当然のことで、それは仕方のないことなのです。
彼らに偉大な日本人や素晴らしい日本の文化を知ってもらうには、僕たち日本人が英語で必死になって情報発信していく必要があります。
最も、彼らに日本の特殊な文化を理解してもらうためには、その前提となる歴史や価値観なども含めて膨大な説明をしなくてはなりません。
それはとても難しいことなので、外交人には理解できないからと、最初からでいごでの説明を諦めてしまいがちです。
僕自身、英語のブログ、クオリア・ジャーナルを始めた当初は、日本での生活を期しているにもかかわらず、日本に住んだことのない外交人にも理解
できるように、いちいち注釈を加えていたものでした。
新橋という都内の地名を挙げれば、ここは日本の多くのサラリーマンが夜集う場所で・・・とか日本の文化人の名前を挙げれば、彼はどのような人なのかをいちいち説明していました。
しかし、ある時から必要最低限の注釈を除いては、そのようなことをわざわざ説明することをやめました。
知りたければ、自分たちで調べればいい、そのように考えるようになったのです。
僕がわざわざ注釈をつけなくても、そもそもブログを読んでいるのですから、その気になればすぐにネットで検索できます。
知らなければ、知らない方が悪い少々傲慢かもしれませんが、この心意気で日本のことを英語で世界へ発信していこうと決心しました。
ネットのいいところは、どこにいても世界に繋がることです。
それで日本ことを少しづつでも理解して共感してもらえれば、こんなに嬉しいことはありません。
このように日本のことを書いていく作業を通じて、僕の中での英語に対するコンプレックスは比較的うすれていきました。
先程の日月山水図にしてもjitsugetsusansuizu・・・といったところで、さすがに外国人には何のことだが伝わりませんが、the sun,themoon,mountains and water screen と表現してみれば、それなりに雰囲気を感じとってもらえるはずです。
これからは英語力向上のためではなく、愛する日本の文化を外国にアピールしていくためにも、僕も英語で発信する機会をもっと増やしていこうと思っています。
出会った人と0.5秒で打ち解ける
仕事で初対面の人に会うのはよくあることです。
商談で強面の人が出てきたら、ただでさえ緊張しているところに、プレッシャーがかって、リラックスするどころではありません。
自分一人のことならまだしも、対人関係において常にリラックスしているのは難しいものです。
それに完成ては、僕自身が実践してきたある訓練方法が参考になるかもしれません。
それは、初対面の人と、出会って、0.5秒で打ち解けられるように練習するしかありません。
サイン会などでは、目の前に来た人に自分から話しかけるようにします。時間もそれほど多くありませんから、一人の方とお話しできる内容には限りがありますが、それでも多くの方と触れ合うことができます。
今日はどちらからいらしたんですか。
最近調子はどうですか。
これまでは話しかけられたらそれに答えていましたが、積極的にこちらから話しかけることにしました。
人生、楽しんでいますか
急にそんなことを僕から聞かれるとびっくりするようですが、次の瞬間には相手の方も打ち解けて話をしてくれます。
サイン会という限られた時間ではありますが。それでも一分もあればその人生の断片を伺うことはできます。
会話においてこちらから積極的に話しかけることは、あなたに関心がありますよというサインです。
コミュニケーションスキルとは、単なるうわべの技術、テクニックの問題ではありません。
相手に対する関心度がどれだけ高いかということを示すこと。
自分を取り巻く世界に対して、どれだけ心がオープンに開かれているかということなのです。
サイン会に限らず、例えばパーティや勉強会、会議であるいは偶然乗り込んだタクシーで・・・出会った人と0.5秒で打ち解けてみましょう。
こちらの意思とは関係なくたまたま出会った人と0.5秒で打ち解けるためには、自分じしんがオープンマインドで他者を受け入れなければ難しいと気づくはずです。
それが自然にできるようになると。そのひとの人間的な魅力は急上昇します。
人前で夢を宣言すると、脳が本気になる。
アルピニストの野口健さんは、七大陸最高峰世界最年少登頂を達成することを公約にあげていました。
公約したのは、なんと大学入試の面接試験の場だったといいます。
野口さんが受験した亜細亜大学では、一芸一能推薦入試を行なっており、芸術・芸能・文化・スポーツなどの分野で相当の実績のある受験者が集まっていました。
野口さんは、高校時代に冒険家・植村直巳の本に感銘を受け、16歳でヨーロッパ大陸最高峰(当時)モンブランへの登頂を果たした実績をもとに受験しました。
ところが優勝した実績や技芸の成績を一生懸命アピールする他の受験生の話を聞きながら、みんな過去のことばかり。
今からこれをやると明確にいっている人間がイアないじゃないと思ったそうです。野口さんは、面接官に向かって在学中に、最年少で世界七大陸最高峰に登ります。
実現できなかった場合には、責任をとって私は大学を中退します。と宣言し、公約通り最年少の25歳で七大陸最高峰制覇を果たします。
野口さんのように、人前で夢を宣言すると、ただ、自分の中だけで思っていることよりも実現できる可能性は高くなってきます。
人前で夢を宣言するのは、自分自身に対して課題がせってされたということです。
課題が設定されると、目標が明確になった脳は本気を出して、何としても実現させようと躍起になります。
同時に、退路を断つという言葉通り、自分で自分を追い込んで、逃げ道をなくすことでもあります。
脳にとってはプレッシャーにもなりますが、それは決して悪いものではありません。
自分で課題を設定して自分自身にかけるプレッシャーは、脳の本気モードを持続させていくためにも必要なものです。
人前で宣言すると、夢や目標が叶いやすくなる理由はもう一つあります。
それは、例えば、在学中に、最年少で世界七大陸最高峰に登りますと宣言すると周りの人の見る目が変わっていること。
つまり、あの人は世界七大陸最高峰を目指して、いろいろ訓練しているんだなというふうにみてもらえます。
中には、あの人のために何か協力してあげようという人が出てくることもあ
ります。自分自身も周りの期待に応えようとして行動するようになるものです。
僕も、英語で本を出版するというかねてからの目標をブログで宣言しました。
それからは、僕自身は英語で文章を書くスキルをさらに磨くなど、できることを淡々とやっています。
知り合いが英語圏のエージェントを紹介してくれたりして、僕を取り巻く環境も少しずつ変わっています。
その甲斐あって、2017年にはIKIGAIという英語の本を海外で発売することができました。
夢を宣言すると、本当に世界が変わる・・・。
それは、僕自身が実感していることです。
以上、僕流の生き方、八か条をお話ししてきましたが、これらは、偶有性の荒波をかいくぐるためのキーワードです。
人生に確実なことは何一つありません。
自分の中に確実なものを持っていれば、不確実なことがあっても慌てずに対処できるし、時には楽しむこともできる。・・・
そんな偶有性を楽しむ気持ちがあれば、書くだけで願いが叶うことは誰にも起こることだと僕は思っています。
第6章のまとめ
1・ぐうゆう性が血肉化すると一喜一憂しなくなる。
2・21世紀を生き抜くためには、次の8つのスタイルを身につけると良い。
①脱藩する(組織の倫理で行動しない)
②プリンシプルを磨く
③学ぶべき場を見つける。
④師匠を持つ
⑤言葉の級位を上げる
⑥英語で発信していく
⑦出会った人と0.5秒で打ち解ける
⑧人前で夢を宣言する。
3・偶有性を楽しむ気持ちがあれば、夢や願いを書くと実現しやすくなる。
皆さんも、早く尊敬する師に出会ってくださいね!田中 深雪より皆さんも
