今日は曇り空のゆったりした一日でした。
今日は海鮮スパゲッティを作って、美味しくいただきました。
2026年8月23日(日)老後の資金がありません。p246〜p290

スコーンが盛り合わせてあるものです。それに飲み物がついていて、おかわり自由なので、普通の喫茶店より長いできるんです。
へー、面白そう。今朝トースト1枚食べてきたきりだからお腹空いてるし、ちょうどいいわ。敦子さんはどうですか?
・・・・そうねえ
少し高くつきそうだと思った。だが、ここで理な断るのも変に思われる。
うん、いいよ。この年になると、時代遅れにならないようにしなきゃね。
それもまた本心だった。
同じお金を使うのでも、初めての経験のために使うのなら有意義だ。
公民館の幅の広い階段を、スリッパをパタパタ言わせながら3人で降りる。
私、結婚以来ずっと専業主婦してます。子供はいません。よろしくお願いします。
一気にそう言うと、美乃留はペコんと頭を下げた。
こちらこそよろしく。後藤篤子です。
いつもなら仕事のことも付け加える、。お気楽な専業主婦だと思われるのが嫌だった。
サツキは。美乃留を年下と見たのか、敬語は使わないことにしたようだ。
ベーカリーをやってるの。ご贔屓にね。そう言って、さつきが明るく笑う。さりげなく見せても、商売用の顔をしていた。
駐車場へ行くと、簡素な公民館には、不似合いなジャガーが止まっていた。美乃留は、その車にリモコンキーを向けた。ガチャと解錠の音がする。
どうやら、お金持ちらしい。
篤子は思わずサツキに目で合図を送る。
サツキは篤子の心の声が聞こえたかのように、小さくうなずいた。
どうぞ、乗ってください。
美乃留は、運転席のドアへ向かう。
その後ろ姿も観察してしまっていた。
洋服もバックも靴も高級そうだった。
10分ほど走ると、ジャガーは滑るようにして、有名ホテルの地下駐車場へ入って行った。
えつ、まさか、このホテルでお茶するの?
せいぜい洒落たカフェかデパートのレストラン街だと思っていた。
それとて、今の自分にとっては贅沢なことだ。
エレベーターで最上階へ向かう。こういうところに来るの。ほんと久しぶり
さつきは、そういうのも無理は無い。見渡せば、店内は着飾った女性ばかりだった。
大丈夫ですよと美乃留がゆったりと微笑む。
今日のジーンズ、黒でよかった。ブルーじゃなくてと、サツキはまだ気にしている。
ボーイがメニューを運んできて、3人それぞれ渡してくれた。
えつ。アフタヌーンって3800円もするの?
メニューから顔上げたさつきは目を見開いていった。
ちょっと高かったですか?すみません。美乃留が、申し訳なさそうな顔で言う。
コーヒーはいくらなの?
そう言いながら、篤子は、メニューのページをめくった。
お腹が空いていないことにして、今回は飲み物だけにしようかと密かに決める。
コーヒーは1200円です。
あさりと美乃留が、教えてくれた。
アフタヌーンティーなら、フリードリンクですけど。
だったら、私は、アフタヌーンティーにする。とさつきは言いながらメニューを閉じた。
それなら・・・・私も、そうする。
コーヒー1杯に1200円も出す気にはなれなかったから仕方がない。
それに今、アフタヌーンティーとコーヒー単品の差額約2600円を削ったところでどうなる?
老後は、6千万円も要るんだよ。
教室を辞めたら、そこでの付き合いも絶たれてしまうと、夫は心配してくれたが、絶たれたほうがよかったかもしれない。
目の前の二人が今日は妙に幸せそうに見える。お金に困っていない人とお茶を飲むのが精神的にこんなにしんどいものだとは思わなかった。
飲み物が最初に運ばれてきた。
3人ともいっぱい目はカフェラテにした。
おいしいとさつきがいい、同意を得るようにこちらを見た。
ほんとだ。街中のカフェと全然違う。違うと篤子は正直な感想言った。。
よかった。そう言ってもらえてと美乃留がホットした表情を見せた。
こんなにおいしいなら、いろいろ飲んでみたいとさつきが無邪気に言う
そうですね。じゃんじゃん注文しちゃいましょう。いくら飲んでも値段は同じですから。
そんな言葉は、美乃留のセレブな雰囲気には似合わなかった。
目の前の2人が、自分ほど金持ちではないかと敏感に察して気を使ったのか。
3段トレーニー色取り取りのケーキやサンドイッチが乗せられて運ばれてきた。
わー、豪華だねとさつきが感嘆な声を上げる。
店員が去った後、さつきは早速サンドイッチをほおばりながら言った。
篤子さん、今日の城ヶ崎先生、変だと思いませんでした?
やっぱりさつきちゃんも気づいた?
同じことを感じたのであれば、錯覚ではなかったのだろう。
お疲れなんだと思いますよ。と美乃留が口を挟む。他にもいくつかを教室を持っておられますから。
城ヶ崎先生のことをよく知ってるの?サツキが尋ねた。
ええ。うちの母が城ヶ崎先生と古くからの知り合いなんです。この教室を進めてくれたのは母なんですよ。
あらそうだったの。でも意外だな。城ヶ崎先生はいつも優雅だから、教室をたくさん掛け持ちしてるなんて思いもしなかったよ。
篤子もさつきと同じことを考えていた。
講師は趣味みたいなもので、ゆったり楽しんでやっているものばかりと思っていた。
母は城ヶ崎先生を努力家だと言ってましたと美乃留が続ける。
もともと行けば師範でしたが、70歳を過ぎてから、もう勉強して
フラワーアレンジメントも習得されたそうです。
美乃留の話によると、城ヶ崎の夫は銀座で画廊経営していて、1人の息子は東大を出ていると言う。
画廊?なあんだ、やっぱり悠々自適じゃないの。それなのに、あのとしで頑張ってるなんて立派だわとさつきは感心したように言っておきながら、かろうじてそんなに儲けが出るものなの?と首かしげた。
さぁ、どうなんでしょうねと、美乃留が気のない返事をする。
きっと、画廊の収入は多いんでしょうね。
城ヶ崎先生の身なりを見ればわかるものとさっきはひとり納得している。
サツキと美乃留の会話に耳を塞ぎたくなってきた。
お金持ちの城ケ崎先生についての話も、聞きたくない。
世の中は不平等だ。
これまで真面目に生きてきたのに・・・
その時、さつきと美乃留がチラチラと自分を見ているのに気づいた。
さっきから何も言わないから、不審に思ったのかもしれない。
どうしたんですか。城ヶ崎先生だけじゃなくて、篤子さんも今日はいやに暗いですね。
そんなこと尋ねれたら厄介だと思い、自分も何か言わなきゃと口を開きかけた時だった。
篤子さん、ちょっとふっくらしたんじゃないですか?
サツキの言葉に美乃留は遠慮がちに篤子の頬から顎にかけて視線を移動させた。
何も言わないことが、同意を表している。
最近は、間食が増えちゃったから。
そう答えながら、絶望感でいっぱいになった。
なんて、情けないの。貧乏になった上に太ってしまったとは、それも他人が気づくほど、みっともないぞ。自分
ストレスが溜まると、ついつい食べ過ぎてしまうのは昔からだ。食べたところで、将来の不安が解消するわけでもないのに。
いいわね、あなたたち2人ともスリムで。
私はスポーツ大好きですからと、美乃留は応えた。
ほぼ毎日スポーツジムに通っているという。子供の頃から、スポーツ万能で、高校時代は新体操で国体に出たこともあるらしい。
へえ、すごいね。とサツキは改めて、彼女の引き締まった、全身を眺めた。
この前ね、古くからの友達に相談されたんですよ。
離婚しようか悩んでるって。
美乃留はいきなりそう言うと、運ばれてきたばかりの紅茶をひと口飲んだ。
急に話題が変わったのを不自然に感じた、
美乃留は友立ちのことだと言ったが、本当は自分自身のことではないのか。
離婚したい原因はなんなの?とさっきが率直に尋ねた。
さっかけはダンナさんの社内不倫らしいですけど、夫婦仲はずっと前からうまくいってなかったみたいです。
奥さん働いてんの?
専業主婦です。
やはり美乃留自身のことではないかと思いながら、篤子は2人の会話を黙って聞いていた。
仕事してないなら、離婚したら食べていけないんじゃない?
そんな事はないと思いますよ。
どうして
そもそも離婚したら食べていけないってありえないです。
そんな危うい生活をしている人って、少なくとも、私の友達には一人もいませんけど。結婚する時に、実家の父から株や土地をもらってますから、友達みんなそうですよ。
そう、言いながら、美乃留はトレーからケーキを一つ自分の皿に取り分けた。
なるほど、そういうことか、やっぱりセレブは違うねと、さつきは窓の外に目を移した。
遠くを見つめるさつきの横顔を見ていると、自分の生活圏にはありえない、それこそ遠い世界の話だと言ってるように見えた。
普通はそうじゃないんですか?娘が将来どう転んでも生涯惨めな思いをさせないようにって、親を考えてくれてるもんでしょう?。
美乃留さんは、そういうのは一般的だと思ってるわけ?
ええ、もちろんです。周りはみんなそうですから
もしかしてお父様は会社か何かを経営されてるのとさつき尋ねる。
ええ、港区で小さな貿易会社をやってます。
自慢する感じでもなく美乃留は、淡々とした調子で話し出した。
それによれば、父親は都心に6階建てのビルを持っていて、羽振りが良いらしい。自身は3人姉妹の真ん中で3人とも小学校から大学まで東和女子学院だと言う。
人、それぞれが持っている普通と言う感覚が、こうも違うのか。
今日は勉強になったよ。ここに来てよかった。
篤子は知らない間につぶやいていた。
ほんとですね。私もすごく勉強になりましたとさつきは大きくうなずいた。
だけど、やっぱり次回からは、さつきと2人だけでお茶したい。
今日みたいに美乃留がついてくるのであれば、教室をやめようろかな。美乃留がいると、どんどん惨めな気持ちになるもの。
そう思いながら、自分には高価すぎるスコーンを皿に取り分けた。
帰宅すると、すぐに花を生けて玄関に飾った。
さて
誰もいない家の中で声に出し、ダイニングの椅子に腰を下ろす。
ここのところずっと、さやかの今後の人生を考えていた。
サッきの娘たちのように仕事に直結する資格を取るのが最も安心だ。そのためには専門学校へ行く必要がある。
だが、さやかはもう28歳だ。さやか自身が昼も働いて、夜間の学校へ帰れば、それが1番良い。
良い年をして、親の世話になっていると言う負い目を感じに済む。
だけど、相馬は行くだろうか。やはり試験を援助してやらなければ厳しいのではないか。どちらにせよその日に備えて少しでも節約して貯金に回したい。
モップとレンタルを解約してしまう。
夫にわざわざ言う必要は無いだろう。嫌な気持ちにさせるだけだ。
篤子は、フリーダイヤルに電話をかけたとだよね。
もしもし、今月いっぱいで、解約したいんですが。
理由を伺ってもよろしいでしょうか?
準備しておいた嘘をついた。
引っ越すんです。
日本全国に支社がございますので、他の支社に引き継ぐことも可能ですが。
引っ越した先で考えます。
しかし、そうされますと、銀行必落とし等の面倒な手続きを1からやっていただけなければなりませんので、よろしければ引っ越し先に近い車を紹介いたしますが。
あんたの方がよっぽど面倒なんだよ。
自由に止めることもできないんですか?
まず大きな声を出していた。
相手は驚いたのか、一瞬間がいた。
いえ、そういう意味では・・・それでは解約の手続きを取らせていただきます。
最初からあっさりそう言ってよ。
なんだか、最近の自分、やさぐれている。
次に、新聞販売所に電話をかけた。
新聞を取るのをやめます。
えっと、いつからですか?
来月からと言いかけて、月単位でなくてもいいこと、ふと思い出した。
盆お正月に旅行した時などに、数日間だけ新聞を止めたことがある。その分は請求からきちんと割り引かれていたと言う事は、
明日の朝刊から辞めたいんですが、強気に出てみた。
そうですか、わかりました。
あっさり応じてくれたので、身構えていた分、拍子抜けしてしまった。
他に、節約できることと言えば・・・。
腕組みをしてリビングを見渡した。
数日前、夫は車を売ることを以外にもすんなり了承した。
何年も前から、休日にスーパーに
行くときぐらいしか使っていなかった。
買ってずいぶん経つから、二足三文どころか、廃車費用がかかるかもしれないが、毎月15,000円の駐車場代が置くだけでも助かる。
それに、今後はガソリン代や重量税等の税金や車検代もいらなくなる。
車を手放す事は、自分たち夫婦にとって、人生の区切りの象徴のような気がした。
子供たちが幼かった頃は、大きなワンボックスカーに乗っていた。あの頃は、よく山や海へ行ったものだ。
子育てと言う1つの時代が終わり、まさに老年期を迎えようとしているのだと篤子は思った。
春は、名のみで、まだまだ寒い日が続いている。
勇人は3月下旬に会社の寮へ引っ越していき、夫は3月31日を最後に失業した。
篤子は、ゴミ出しにマンションのゴミ収集場へ向かっていった。
最近の我が家は、ごみの量がめっきり減った。
野菜も最後の晩で食べるようにしているからか、無駄な生ゴミが出なくなった。
コンテナにゴミ袋を放り投げた時だ。
ねぇ、お宅の旦那さん、どこか悪いの?
いきなり背後から声をかけられた。
振り返ると、同じ階に住む主婦が立っていた。
実家の母と同世代の女性だ。
いえ、どこも悪くないですけど?
だって、今週は1日も出勤なさってないでしょう?
え?
一瞬、口ごもると、もう1人、ゴミ袋を下げたメガネの主婦が集積上へ入ってきた。
やっぱりどこか悪いの?
いえ、休暇を取っているんです。
盆暮れでもないのに?どうして
どうしてって?・・・会社からのご褒美です。勤続30年なので。
とっさに、うまい嘘をついた
なんだ、そういうことだったの。
あらあ、いいわね
互いに顔見合わせている。笑顔だが疑っているようにも見える。
だからなのね、今日のご主人が普段着だったのは。
お出かけになったとき、平日の10時を過ぎてから、なんだかおかしいなぁと思ってたの。
私たち心配してたのよ。
夫は、失業保険の申請と職探しのためにハローワークに行ったんだった。
主人が会社を休んでいること、どうしてご存知なんですか?
うちは角部屋でしょう。
だから、窓からマンションの出入り口がバッチリ見えるのよ。
この人ったら、毎朝、住人の出勤状況をチェックしてるわけよ。
そういう言い方、人聞きが悪いわ。まるで検索好きのおばあさんみたいじゃない。
あら、その通りじゃないの。
違うわよ。私はね、不審者が入り込まないか見てるだけなの。
不審者?そんなこと今までにあったかしら?
三昭最近はあき部屋が多くなってきてるから、気をつけるに越した事は無いのよ。
二人の主婦がおしゃべりしてる間に、篤子は軽く会釈して、その場をそっと離れた。
午後になって、夫が帰ってきた。
表情を見ただけで、仕事が見つからなかったことがわかる。
お茶を入れていると、夫が近づいてきた。
篤子、どうしたんだ。そんな憂鬱そうな顔して。
そう?そんな顔してた?
笑顔を返そうとしても、顔が引きつった。
実はね。
ゴミを出しに行った時のことを正直に話した。
今までなら、きっと話さかなかっただろう。
話したら、夫がさらに落ち込むことがわかっている。
しかし、最近は自分1人で様々なことを抱え込むことで限界を感じていた。
先行きが不安で仕方がない。
それに、口うるさい近所の主婦たちの目をごまかすためには、夫にも演技をしてもらう必要がある。
そのためにも、包み隠さず、小さな事でも話しておいたほうがいい。
そうか、世間とは鬱陶しいもんだな。
こういう事は、狭い中だけのわずらわしさだと思っていたが、都市部であっても、ご近所と知り合いになってしまえば同じことだ。
夫婦揃って、馘になったと知れたら、
日々は、第二飢えている彼女たちの格好の餌食になってしまう。
隣人の名前も素性も知らないままの薄情な都会暮らしの方が快適だと思うのはこんな時だ。
晃さん、そういうあなたこそ暗いよ。
うん、まぁな
夫は熱い湯飲みに口をつけた。
雇用保険の説明をした職員が若い女性だったんだ。
せめてもっと歳のいったやつにしてくれたらいいのにさ
人生経験の浅い人間に、上から目線で色々と指示されるのは気分が良くないのだろう。
ハローワークもずいぶん雰囲気が変わった。
敦子は30年前にも足を運んだことがあった。
結婚して、さやかを身篭り、それまで勤めていた会社を辞めた時だ。当時
もう今と変わらず、どんな求食活動しているか、どこに面接に行ったかなどを報告しなければならなかった。
就職活動をしている人間にしか失業保険が払われないことになっているからだが、そんなのは建て前に過ぎなかった。
あの頃は、定年や妊娠なので、会社を辞めて、この先働く気のない人間であっても、平気な顔で、失業給付金を受け取れる風潮があった。
だが、このたび、久しぶりにハローワークへ足を運んでみたら、様相は一変していた。
仕事を選んでばかりいる人は、失業者とはみなしません。
説明担当の職員が指し示すスライドには、プライドの高そうなインテリア女性が描かれていた。
その横にはパジャマ姿でテレビでを見て笑っている男性の絵もあった。つ
まり、ハローワークで良いところの失業者とは、仕事を選ばず、必死で探している人だけを指すらしい。
ハローワークに来ている求人はどれも月収150,000円程度なんだよ。
朝から晩まで働いて1ヵ月経った。それだけじゃやる気も出ないよ。
だから、もう少し時間をかけてじっくり探してみるつもりだよ。
焦って決める事はできればしたくないんだ。
そんなことを、ハローワークの職員の前で口に出せば、選り好みばかりして、本当は働くがないかと思われかねないのではないかと心配になる。
その時、天馬の顔をふと思い出した。
天馬は、かって夫の同僚だった。彼なら仕事を紹介してくれるのではないか。
だが、それを口に出せば、夫は激怒するだろうと思い、口を噤んだ。
桜も散り、ようやく暖かい日が続くようになってきた。
その日、夫と博士の同僚たちの情報交換会に、いそいそと出かけていった。
新宿の居酒屋だと言うから、要は愚痴の言い合いみたいなものだろう。
それぞれが再就職に宿泊しているとは言うが、自己都合退職ではないから、失業保険がすぐに出る。そういうこともあって、幾分か心に余裕があるのだろう。
敦子が夕食に1人でお茶を飲んでいると、植田鈴与から携帯に電話かかってきた。
彼女からの電話は年に数回だが、LINEの無料通話を使うようになってから長話をするようになった
すずちゃん、久しぶりね。
多分、今日も長くなるだろう。耳を携帯に当てたまま、寝室にどうした。ベッドに上がって脚を投げ出して壁にもたれかかり、楽な姿勢を取った。
鈴与とは小学校から高校まで一緒だった。高校卒業後は、自分は東京の大学、卒業は地元の短大に住んだ。その後も盆・正月にするたび会っておしゃべりをしていたが、互いに子供が生まれてからは忙しくなり、だんだんと疎遠になっていた。しかし、その後も年賀状やりとりだけは続けていて、今夜みたいに忘れた頃に電話がかかってくる。
篤子ちゃん、元気にしとった?
うん、元気よ。すずちゃんは?
私は相変わらずやわ。今度ね。東京に遊びに行こうと思っとるよ。
遠慮がちに言う。これで何度目だろう。
来たければ、来れば?
喉元まで出かかる。
だって東京は私1人のものじゃないもん。自由に来ればいいじゃない。
そう言いたい。だが、彼女が意図するのは、このマンションに泊まり、あちこちの名所に連れて行ってもらいたいと言うことだ。
わざわざ高い新幹線代を払って上京するんだから、1泊の明けがない。
3泊か4泊か、それともこちらの都合さえよければ1週間くらいは滞在したいと思っている。
大学生だった頃、鈴与をアパートに泊めたことがあった。大学は夏休みはなかったので、あちこち案内してあげた。多分彼女はその時と同じことを期待してるのだろう。
はっきりと、実は泊めてめて欲しいのなどと頼まれたら困る。だから、話題を変えた。
うちの娘がね。結婚したの。
おめでとう。今年の年賀状にも書いてあったね。
そうなの。麻布寿園で。式と披露宴をした後、岐阜でもお披露目をやったの。
田舎では、どんなことでもすぐに噂になるのは、昔からだが、それが近年になって、一層ひどくなったように感じていた。
それは多分、老齢人口が増加したせいではないか。要は暇な人間ばかりが増えた。実家の母にしても、以前はさほど社交的ではなかったはずなのに。
最近は、親戚や近隣の人々と、頻繁により集まって、お茶を飲み、おしゃべりを楽しんでいる。若い人たちは仕事や子育てに忙しいから、それほどしたのは噂をする暇はないだろうか。実家の街は既に65歳以上が3分の1を超えた。
その上、65歳未満でも50代がかなりの割合を占めると言う。
鈴与とは、親友だったはずだ。それなのに、いつ頃からか、彼女を警戒するようになった。それと言うのも、同級生の噂話を、あれこれと聞かせてくれるからだ。
誰それの夫が事業に失敗して、今では食うに困っているだとか、誰それくんの娘は、お菓子を目指して都会に出たが、実はキャバ嬢をしているだとか。
真いのほどはわからないが、まるで見てきたように、語る鈴与の深刻、そうな声が耳障りだった。
それぞれに異なった環境で歳を重ねると、従来の頃の純粋な関係には二度と戻れないらしい。
もちろんこっちだって変わってしまったかもしれない。自分は棚に上げる気はさらさらないが、鈴与は家に止めたりしたら、田舎で何を言いふらされるかわからない。
思った以上に篤子のマンションは狭かったわ。あんなとこ、私ならようすまんわ。旦那さんか?そうやなあ、あんまりパッドせん感じの人やなあ。
夫が家にいることを、勤続30年のご褒美のリフレッシュ休暇なのだと嘘をつくのも気分が良くないし、夫にも申し訳ない。
マンションのロビーですれ違う程度の主婦
たちの目は、ごまかせても、ここ何日も泊まるとなれば、敏感な鈴与なら、嘘を見抜くだろう。
そうなったら、田舎でどんな嘘を流されるかわかったもんじゃない。あれ。
そんなことを目ぐるしく考えた自分に愕然としていた。
それまで、はっきりとは意識していなかったが、どうやら鈴与のことは、親友どころか信用すらしていないらしい。
すごいね。麻布寿園とはこれまた豪華やね。雑誌で見たことあるわ。篤子ちゃんお金持ちたんやね。
違うよ。相手の親が形式にこだわる人なの。本当に嫌になっちゃうよ。すずちゃんも知っての通り、私って見栄を張らない家庭で育ったでしょう?
だから、結婚式を盛大にやることに最後まで納得いかなかったのよ。
は?見えを張らない家庭で育った?篤子ちゃんが?それ本気でゆうとるの?
受話器を通して、息を吹きかけたときのような雑音が聞こえてきた。
もしかして、今鼻で笑ったのか。
私は未だに覚えとるで。成人式のこと。
口調が尖っていた。常にのんびりと柔らかな物言いをする鈴与とは思えなかった。
振袖を着とらんかったんは、篤子ちゃんと豆畑さんだけやったよ。
怒気を含んでいるように聞こえるが、錯覚だろうか。
うん、覚えてるけど?スーツは豆畑さんと私だけだったね。それが何か?
振り袖は要らないと母に言ったのだった。切る機会が少ないからもったいないと思った。
どうせ買ってくれるのなら、何度も着られるスーツの方が良い。だが、振袖とスーツとでは値段が違いすぎる。
だから、その年の夏休み、オーストラリアでのホームステイに行かせてもらうことで、ちゃっかり帳尻を合わせたのだった。
篤子ちゃんが、大きなお屋敷に住んどる旧家のお嬢さんやってこと、あの街で知らん人が居ると思うか?
いったい、鈴与は何の話をしているのだ。いきなり話題が変わったのだろうか。
篤子ちゃんの家が、過労の家柄やって知らん。人が同級生に1人でもおったか。
私には・・・わからないけど
・・・・・ふざけとるんか?あんたの家は黒塀に囲まれとって威風堂々にとしとるやんか。
誰が見たって、由緒正しい家柄やと人目でわかるがな。
だから何なのだ。鈴与の言いたいことがわからない。
あのなあ、篤子ちゃん、近所の人も、同級生もみんな、あんたがいいとこのお嬢やと知っとった。本屋からあんたはわざわざ家を張る必要があらへんかったのよ。
そんな・・・
うちら庶民は何を言われるかわからない。狭い街で目を踏んで暮らしていけるかいな。
スーツなんかで参加したら、振袖も買ってやれと。家計は火の車やと世間に暴露してるのも同然やで。あの街の中で成人式に堂々とスーツで出られる。
は、同級生の中であんたを含めて23人だけだわ。
私は、あの日は従姉から留袖を借りたんよ。
ほんやけど、豆畑さんは親戚中みいな早口言葉貧乏人ばっかりやから、貸してくれる従姉すらおらん買った。
豆畑さんは親戚中みいんな貧乏人ばっかりやから、貸してくれる従姉すらおらんかった。
返してくれる従姉すらおらんかった。いいや、そもそも豆畑さんには、お姉さんが二人もおる。
豆畑さんには、お姉さんが二人もおる。
豆畑さんは篤子ちゃんと違って、スーツで出席したんをごっつい恥ずしかそうにしてはったよ。
そのスーツだって、たぶん借りもんやわ。そのスーツだって、たぶん借りもんやわ。肩なんかガボガボやったし、もともと安もんのテロンテロンやった。
それに比べ篤子ちゃんのは見るからに上質の生地やったわ。女モンのスーツでアンゴラやらカシミアが入っとるようなし、珍しい時代やったし。
何も言い返せなかった。
篤子ちゃん、スーツで出席したの、自慢やったやろ。
そんなことないけど・・・・
猫も杓子も振袖ばっかり着とるけど、私はそこらへんの平凡な女とは違うって顔に書いってあったで。
図星だった。
つまり篤子ちゃんとゆう人はやな。
そこで、鈴与は言葉を切った。携帯を通して、大きく息を吸い込んだ気配が伝わってきた。
誰よりも、見栄っ張りなんよ。
絶句した。
そんなはずない。
いや・・・・言われてみればそうかもしれない。
だって今、まさに、鈴与マンションに泊めたくないと思っている。
仮に、裕福で都心の一頭地の高級マンションに住んでいたらどうだろう?その上夫が医者科弁護士で見るからに知的で誠実そうで誰に対しても感じが良く、その上イケメンだったら?そしたら返事しないでおうちに泊まってよ。こちらから招待して何日でも泊まらせたかもしれない。
篤子ちゃん、ごめん、ちょびっと言い過ぎたかもしれない。
そんなことないよ。
心にもない言葉が、すらりとでる。
若い頃と違って、船橋の木の言葉で取り繕うことができるようになった。
だが、寛容を装うのが上手くなっただけで、コロナ禍は年齢とともにどんどん狭量になっている。
ほんでも、もう昔の話やわ。篤子ちゃんの実家は今でも建物だけはさ立派やけどなあ。電話の向こうで、いくつな笑いを漏らしている表情が目に浮かぶようだった。
兄の勤めていた会社は、リーマンショックな煽りを受けて倒産した。
その後、兄夫婦は東京引き上げて実家で生活している。
そのことを、すずよは揶揄しているのか。
兄は国立を出ているが、今は個人宅に食材を運ぶライト板のドライバーをやっている。
兄と同じ大学を出ている義姉は、機会部品の工場に働きに出ている。
2人とも、何より残業がないのが良いと言っている。
IT技術者だった義姉は、頭を使わずに働くって楽しいわと笑っていた。
夕方からは、2人で中学生相手の塾も開いている。
父も母も兄が肉体労働についてたことを恥ずかしいなどとはこれっぽっちも思っていない様子だ。
一生懸命働くことは美しいことだ。
昨年の正月に帰省した時、父はそう言い切った。
やっぱり見えっ張りの家系なんかじゃねーんだよ。
そう言いたかったが、以心伝心でなくなった友には言えばいいほど、必死で言い訳していると取られる気がした。
誤解を解くために、親切丁寧に説明するのも面倒だった。
その時、玄関ドアが、開く音がした。
携帯電話を握り締めたまま、部屋から出て玄関を覗いてみると、勇人が大きなケーキの箱を下駄箱の上に置いて、靴を脱ぐところだった。
今夜、泊まってくよ。初めての給料で、篤子さんにウルツタルト買ってきてやったよ。
そう言って微笑む。
すずちゃんごめん。今息子が帰ってきたから、じゃあまたね。電話ありがとね。
電話を切った。
親父は?
飲み会だって。
姉ちゃん、あれからなんか言ってきた?
勇人は尋ねながら、台所で手際よく紅茶を入れてくれた。
うん。何も。ちょくちょく様子を見に行ってるんだけど。
今、まさに琢磨に暴力を振らわれているとしたら・・・・そう思うと、いてもたってもられず、
家を飛び出して、さやかのマンションに行ってみたことが何度もあった。
だが、そのたびに、さやか迷惑そうな顔して、何事もないように振る舞うのだ。
完全に洗脳されてしまっているらしい。
どうしたら救い出すことができるのか、考えれば考えるほどわからなくなっていた。
姉ちゃんは多分、親に悪くて離婚言い出せないと思うんだ。
ダイニングテーブルに向か合い、フルーツタルト切り分けた。
どうして悪いと思うのよ
結婚する時に、実家の父から株や土地をもらってますから、友達みんなそうですよ。
旦那様が会社が倒産した為に、奥様の篤子さんは、新聞を解約したり、モップを解約したり、車を売ったりと、経費節約で、大変だったと思います。
娘のさつきさんは、幸せに生活をしているようですが、弟さんの勘違いで
さつきさんが、DVにあったと勘違いしているようです。
これからの展開が楽しみです。 田中 深雪
