今日は午後から雨が降ってきちゃいましたね!
老後の資金はありませんより
2026年8月16日(日)曜日 老後の資金が足りません!p5〜p35抜粋
なんて見事だろう
これほど華やか花を他に知らない。
後藤篤子は食卓に肘をついて芍薬に見取れていた。
赤いベネチアングラスの花瓶が、こんなにエキゾチックな雰囲気を醸し出すとは嬉しい誤算だった。
おい、篤子、聞いてんのか。一生に一度のことなんだぞ。
怒りを含んだ夫の声で、篤子は我に返った。
夫は楊枝をくわえたままこちらを睨んでいる。
一生に一度?そんなことわってるってば。
だけどね、結婚式に六百万円もかけるなんて、やっぱりどうかと思うよ。結婚する当人たちが出すっていうんならともかく、親が出さなきゃならないなんて変だよ。
この会話、いったい何度目だろう。娘の結婚式のことで、ここのところ毎晩この調子だ。
お前はさやかが可哀想だと思わないのか。向こうは金持ちのお坊ちゃんなんだぞ。肩身の狭い思いをさせる気か?
釣り合いが取れなくて、ただでさえ引け目感じるだとうに
だって六百万。芸能人じゃあるまいし。
そう言いながら、篤子はテーブルの上の食器を片付け出した。
今日の夕食は、鰹の刺身とかぼちゃの煮物と豆腐のすまし汁だ。
結婚いらいずっと夫は帰りが遅い。そのせいで、11時を過ぎても食器洗いの家事が残る。
刺身の皿を見ると、千切り大根と大葉が手付かずのままだった。
スーパーの刺身のパックに入っていたツマをそのまま皿に移し変えただけだが、それだって店側がサービスでつけてくれたわけじゃない。
ちゃんと価格に含まれている。それなのに、どうして夫はこうも持ったいない食べ方をするのか。
元来自分は、綺麗な食べ方をする男性が好きだった。
どうしても苦手で食べ方をする男性が好きだった。どうしても苦手で食べられないものだけを残すのならともかく、夫はメインの魚や肉だけをたべて野菜に手をつけないことがある。
それが下品に思えてゾッとするようになったのは、50歳を過ぎた頃からだ。
なあ、篤子六百万円とは言っても、両家で折半するんだから三百万円ずつじゃないか。それくらいの貯金、うちにないわけじゃないだろう?
だったら出してやれよあのね彰さん、あなたはもう57歳だよ。
その歳になってから老後の資金を取り崩したらダメだよ。
夫のことを彰さんと呼ぶことに決めたのは二年ほど前だ。それまではお父さんと呼んでいた。
あれは確か、デパートの北海道店で逸れてしまった時のことだ。
靴ずれで痛い思いをしながら混雑する中を捜しまわり、やっと見つけたと思ったら、夫はジャガバターの試食をしていた。
その幸せそうなマヌケ面を見た途端に頭に血が上り、思わずお父さんと大きな声で呼んだら、何人もの中高年男性が振り返った。
世の中にはたくさんのお父さんがいる。呼び方を変えようと決めたのはその時だ。
子供達が既に成人していたこともある。
夫から篤子と呼び捨てにされていることを思うと、夫をさん付けで呼ぶのは腹立たしかった。しかし、呼び捨てが習慣になってしまうと、夫の親族の前でもつい彰などと呼んでしまうかもしれない。
年齢とともの頭が回らなくなってきているから、場面場面で呼び方を変えるなんて面倒だ。だから仕方なく彰さんと呼ぶことに決めた。
篤子、老後のことは、それほど深刻に考えなくてもいいんじゃないか?
何言ってんのよ。定年まであと三年しかないんだよ。
夫は中堅の建設会社に勤めている。
何度も言ったろ。俺の会社は65歳まで勤められるようになったんだよ。60歳以降は給料が下がるんじゃなかった?
それはそうだけど。どれくらい下がるの?半分くらい?
さあ、どうだっけな。年収にしたら多分四分の一位じゃないかな。
だけど退職金もあるじゃないか。
夫は食後のお茶を飲みながら、のんびりと話す。危機意識がまるでない。
退職金はどのくらい?
二千万円くらいは出る?
まさか。そんなの大昔の話だよ。去年退職した流通部の部長は一千万円を切ったってさ。噂によると、退職金で残りの住宅ローンを全額返済つもりだったらして、ショックを受けて立ってよ。
そう言って、夫はまるで他人事のように朗らかに笑う。
そんなの初耳だよ。
そういうことはすぐに私に教えてくれなきゃ困るよ。
早く教えたところで、退職金は増えないよ。
夫はまたもや明るく笑った。
どうしてこうも呑気なのだろう。
相変わらず、篤子は心配性だな。人生、なんとなるもんだよ。
今まで、だって、篤子がしっかり家計を引き締めてくれたおかげでうまくやってこられたじゃないか。
篤子がコツコツ預金して、住宅ローンをこまめに繰り上げ返済してくれたおかげで、定年前に完済できる目処がたっただろ?
本当なら70歳まで払い続けなきゃならなかったなだぞ。やっぱり持つべきものは金銭感覚のしっかりした女房だよな
確かに夫の言う通り、妻である自分が知恵を絞ってやりくりしてきた。
だからこそ、子供を二人とも私立大学にやることができたんだし、住宅ローンもようやっと残りあと二年と迫った。だが、ちょっとでも、気を緩めたら、一千2百万しかない預金などすぐになくなるし、そもそも年金がもらえる65歳までの生活費には足りない。
彰さん、私たちの世代は年金も当てにならないし、不慮の事故や天災にも備えがないと不安だよ。
妻を打ち出の小槌か何かと勘違いしているのではないか。
いくらでも捻出できる思ったら大間違いだ。
あのな篤子。ついはいいとしてもだよ、相手の都合ってもんがあるだろ
さやかの婚約者は商社に勤めるサラリーマンだが、実家は岐阜県内でスーパーマーケットのチェーン店を手広く経営している。
父親は山間部の出身で、そこはいまだに結婚式に金をかけ、近所にもお披露目する風習が残っているという。
ときょうでの披露宴も盛大にやりたいらしが、招待客はスーパーの取引先が多いと聞いているから。
結婚式を接待の場のひとつと考えていることは明らかだ。
ともかくさ、俺はみっともないことはしたくないんだよ。
出た。夫の本音が。口では娘の幸せのためだと言っているが、実は時見栄っ張りだ。新郎側と比べて見劣りするのが嫌なのだ。日頃から、何かと格好をつけたがる。
夫は東京で生まれ育った。隣に住む人のこともよくわからないこの大都会で、虚勢を張る必要がどこにあるのか。
全く理解できない。それに比べ、自分の親族で外聞を気にする人間なんて一人もいない。
実家は山陰地方にある城下町だ。
あんな閉鎖的な町で生まれ育ったにも関わらず、ひとめを気にせず成長期を過ごすことができたのは、ひとえに実家の両親の考え方
自分は自分、他人は他人 のおかげだと今も思っている。
章さん、今どき地味婚が恥ずかしいなんて言う人はいないよ。大金持ちでも簡素な式を挙げる人が多いんだから、そんな豪華にする必要ないってば
あのな、そもそも必要かどうかという篤子の考え方がおかしんだよ。
そんなこと言い出したら、世の中全ての儀式は不要になるだろ。日本人の伝統的な世界観として、古代からハレとケがあってだな、そして
そんなこと言われてもね篤子は夫の言葉を遮った。そうしないと、延々と喋り続ける。
と、なんで結婚してしまったんだろう、
若い頃は、四歳年上というだけで大人に見えた。憧れの秀栄大学を卒業しているという一点のみで、自分なんかよりずっと賢い人間なのだと疑いもせず
尊敬の念さえ抱いた。
結婚したのは、篤子が大学を卒業後、小さな商事会社の経理部で働いて二年経った頃だった。
男性社員のアシスタント業務だったために、面白味を感じられない上に、部内は中年の男性社員ばかりで、ときめく出会いもなかった。
このままここで歳をとっていくのだろうか。
そんな不安に駆られるようになった時、同期の女性にひとりが結婚退職した。大きな花束を抱えて、晴れ晴れとした表情で、お世話になりました。
と頭を下げる彼女を見ていると、腹の底から焦りが込み上げてきた。
そんな時期、知り合いから夫を紹介された。そして、半年の交際を経て結婚した。
本来、こんな男は好みのタイプじゃなかった。しみじみとそう思うようになったのは、50歳を過ぎて体。いくらなんでも気づくのが遅すぎる。
自分のことながら、呆れて苦笑いする漏れない。夫は何かにつけ理屈っぽい上に、言葉の端々に歴史や政治の知識をひけらかす。
それを知的だ、頼もしいなどと錯覚して入られた頃が最も幸せだった。今となって、おのれの弁に酔う横顔を見るたび、格好ばかりつけたがるこんな男が我々が夫かと思うと情けなくなる。
50歳を境に、それまで気がつかなかったことが次々と明らかになっていく。
50歳というのは、何かの節目なんだろうか。
それにしても・・・夫の両親への仕送りが月人九万円というのも厳しいものがある。
ずっと貧乏暮らしだったというのなら同情もするが贅沢三昧の暮らしをして預金が底をついたというのだから呆れてものが言えない。
その上、いまだに一流ホテルかと見紛うような老人施設に居続ける。あの親にしてこの子ありとはよく言ったものだ。
浴室のドアが開く音がした。さやかが風呂から上がったらしい。
お父さん、帰ってたの?お帰りなさい
パジヤマ姿のさやかが、バスタオルで髪を拭きながらリビングに入ってきた。
おう、ただいま。
夫はほうじ茶をぐいっと飲みホスト、俺も風呂に入るかなと言いながら立ち上げった。勇人はまだ帰ってないのか?
ドアに向かい変えた夫が、振り返って訪ねた。
飲み会で遅くなるって言ってたけど
篤子も立ち上がり、食器を流しへ運ぶ。
何の飲み会だ?
知らないと答えながら、篤子は水道の蛇口を捻った。
ゼミのか?
知らない。
部活のか?
それともアルバイト先の飲み会か?
だから知らないってば。
思わず声が大きくなる。
夫は昔から子供たちのことは何でも篤子に尋ねる。
子供が幼い頃ならまだしも、勇人は大学4年生で、さやかは28歳だ。
子供達の行動を逐一、母親が知っているわけがない。
すみませんね、何でもかんでも篤子様にお尋ねしてしまいまして。
皮肉っぽくそう言うと、夫はバタンと大きな音をさせてリビングのドアをしめ、浴室へ向かった。
篤子は急いで、食器を洗う。キッチンで湯を使うと、浴室のシャワーの出が悪くなるから、夫が脱衣所で服を脱ぎ終わる前に洗ってしまわねばならない。
最新の高級マンションなら、こういう不便なことはないんだろうなあとぼんやり思う。
お母さん、ごめんね。私の結婚式のことで、またお父さんともめだんでしょ?
背後から、さやかの気弱げな声が聞こえた。
ううん、そうじゃないよ。大丈夫よ。
何歳になっても心配な娘だった。
さやかは誰に似たのか、小学生の頃から勉強が得意ではなく、クラスでも中の下か、下の上といったところだった。
偏差値の低い女子大にどうにか合格してホットしたのも束の間、卒業間際になっても就職試験の面接にことごとく落ち結局は派遣会社に登録した。
しかし派遣先でも契約を延長されることは一度もなく、それどころか一週間で馘になったこともある。
頭の回転が速いとは言い難い上に、気も利かないから、無理もない。気が弱いところも、子供の頃からちっとも変わっていない。
これがもしも昭和の時代であれば、個人商店の店主やその妻が、出来の悪い店員を1から叩き直してくれたかもしれない。
だが、今や社員教育に力を注ぐのは大企業だ気になってしまった。それ以外は即戦力が求められるから、さやかのような人間はすぐにお払い箱になる。
大卒という肩書があっても、トロい人間には居場所がなくなった。
紆余曲折のあと、さやかが落ちついたのは、学生時代にアルバイトをしていた文化屋という雑貨店だった。
時給は高校時代より50円上がって930円だ。少ないアルバイト代の中から年金保険料や健康保険料や携帯電話代などを支払ってしまえば、手もとには対して残らない。それを考えて、さやかに家にお金を入れさせていない。
今日、篤子は会社の昼休みにコンビニで、買い物をした。
その時に、またもや絶望感にも似たため息が漏れてしまった。レジで篤子の前に並んでいた客が宅配便を頼むと若い店員が素早く大きさと重さを測り、レジに何やら打ち込んでから、抽出しから大きなハンコを出して、パンと押した。
何の迷いもなく、一連の作業をリズミカルにかなす。この店員がさやかだったろと想像した。
さやかなら慣れるまでに時間がかかるだろう。
客や店長から急かされたりしたら、頭の中が真っ白になってしまうかもしれない。
速く正確に処理することが厳しく求められる社会で、さやかのような人間が働ける場所は少ない。
そう思うと、息苦しくなった。
気づかない間に、日本は賢い人間しか生き残れなくなったらしい。
ささやかで平凡な暮らしをするのさえ難しい世の中になってしまった。
どうせ私は何をやってもだめな人間だ。
いつ頃からか、さやかの表情には人生の諦めのようなものが漂い始めたように思う。
いったい何のために高い学費を払って大学を卒業させたのか、子供の頃からの塾や、お稽古ごとの費用を合算すると、教育費にいくら注ぎ込んだことか。
それら全てが無駄だったのかと今更ながら空しくなる。
若くて可愛い
さやかが、そう言われるのは後何年だろう。
親の欲目かもしれないが、さやかはそこそこ可愛い顔をしていると篤子は思っている。
夫に似たのだ。
夫は背も高くないし、足は短いし、最近は髪も薄くなった上に太り気味で、要はイケメンとは程遠いのだが。色白で涼しげな目元をしている。
外見に関して言えば、さやかは親の良い部分だけを受け継いだらしい。
今どこの若い女の子の多くに見られるように、さやかも骨格が華奢でほっそりしているから、立ち姿も綺麗だ。とはいえ。昨今の目鼻立ちのくっきりしたハーフみたいな顔の女性と比べれば、地味で寂しげな印象を人に与えるかもしれないが。
さやかのアルバイト先である雑貨店の文化屋は、駅前のアーケード商店街の中にある。
70代と50代の母娘が営んでいる店だ。
客は女性ばかりで、若い男性と知り合う
う機会もなく、この先さやかはどうなってしまうのだろうと、篤子は不安を募らせていた。
高校までは、男女共学だったが、篤子の知る限り、ボーイフレンドの影がチラついたことは一度もなかった。
気の弱さや自信のなさからくるオドオドした態度や暗い表情に、10代の男の子は魅力を感じなかったのだろうか。
女子大時代にしても、合コンなどとは無縁の生活をしていたように見受けられた。
今は、まだかろうじて20代だが、浮いた話ひとつないまま、気づけばあっという間に40歳・・・そんな嫌な予感がしてならなかった。
自分たち夫婦だって、いつまでも元気でいられるわけじゃない。親が死んだ後、さやかはどうやって食べていくのか。考えるほどに暗澹とした気持ちになった。
さやかにも長所はある。子供の頃から家庭的な面があり、そこそこ料理もできるし、洗濯や掃除も時間はかかるが丁寧だ。
これもまた昭和の時代であれば、おとなしくておっとりしたいいお嬢さんだと言われたのではないか。
自分の頃は大学進学率も低かったから、女の頭のよし悪しなど、そう簡単には バレなかった。それを考えると、今や隔世の感がある。
あれは誰か。東京には珍しく雪が積もった日のことだった。
あってほしい人がいるの。
さやかが恥ずかしそうに切り出した。
聞けば、相手は英会話教室で知り合った男性だという。そもそも。さやかが英会話を習っていたこと自体。家族の誰も知らなかった。
さやかさやかで、このままでは自分の先行きが危ういと思い、悪戦苦闘していたらしい。
タチの悪い中年男に引っかかったのではないか。
咄嗟にそう思ったのは自分だけではなかった。
まさか俺より年上ってことはないだろうな。
夫の苦渋に満ちた顔が思い出される。
もし、そうだったら、章さん、どうする?反対する?
その恋愛が姉ちゃんにとって最初で最後かもしれないよ。
頭ごなしに反対するのはやめた方がいいよ。
大学生の勇人まで心配していったものだ。
だが、そんな心配も杞憂に終わった。
家族一同がホット胸を撫で下ろしたのは、相手の男性がさやかより、年下で、城南大学を出ていると知った時だ。
その上、父親は岐阜で手広くスーパーを経営しているという。さやかの方が4歳も年上ということに関しても、向こうの両親は反対していないらしい。
この時ほど、案ずるより産むが易しという言葉が身にしみたことはなかった。
さやかが初めて松平琢磨を家に連れてきた時、イケメンではないことに、敦子は密かに安堵した。
その上小柄で痩せていた。
もしかして、いや、もしかしなくも、体重は自分より少ないと篤子は見た。
琢磨は緊張していたのか、あまり喋らなかったので、どういう性格かはわからなかったが、礼儀正しい挨拶や、その立ち居振る舞いから、生真面目
そうな印象を受けた。
向こうの両親と顔合わせをして、正式にさやかの結婚が決まった時は、やっとこれで肩の荷を下ろせたと思った。
おやすみ
テレビを見ているさやかの背中に声をかけ、篤子は寝室に入った。
クローゼットの中の洋服を眺めながら、明日は何を着ていこうかと考える。
黒のパンツにグレーのカットソーでいいかな。
ハンガーに吊るして眺めてみると、平凡すぎて面白くも何ともない。
だが、今日の私の服装、派手だったかしら、趣味が悪いかしら、
若作りしていると陰で笑われていないかななどと心配しないでいられる分、仕事に集中できる。
そう思い直し、タンスから膝下ストッキングを出し、ハンガーの首のところに引っ掛けた。
これで一式出来上がりだ。
はい、本日の仕事はこれでおしまい。
あとは、寝るだけ。
朝はあまり強い方ではないので、寝る前に準備できることは全てやっておくのが長年の習慣だ。
篤子が銀行系のクレジット会社で事務職として働くようになって十数年が経つ。
身分はパートだが、平日は毎日朝9時から5時まで働き、残業する日も少なくない。
ベッドに入り、毛布も蒲団も足元に重ねたまま、大の字になって天井を仰いだ。
一日のうち、解放感に浸れるのは、寝るまでの、わずかな時間だけだ。
ああ、疲れた。今日はいつもの何倍も疲れた気がする。
というのも、朝からずっと今日は金曜日だと思い込んでいた体。
今日一日だけ頑張れば、明日は休みだ。
そう思って疲れた身体に活を入れていた。それなのに、夕方近くになってから木曜日だったと気づいたときの落胆と言ったら・・・。
年に何回かそういった日がある。
それにしても、たかが結婚式に六百万とは。
両家で折半したとしても、3百万円も要る。
だけど、あの頼りなかった娘がやっと幸せを掴むんだもの。それぐらいは出してやってもいいかも。
お金のことで、嫁ぎ先と気まずくなったりしたら、さやかが今後つらい思いをし続けることになるかもしれない。
この際、思い切るか。
人生最後の大きな出費と覚悟を決めたらどうだ、自分
その時ふと、春の日の桜並木を一人歩いた清々しさを思い出した。
・・・・これで教育費は全て払い終わった!
この春大学四年生になる勇人の一年分の授業料を振り込んだ。
その銀行からの帰り道だった。
長年に及んだ学費の支払いから解放され、やっと子育てを終えた達成感で心が満たされていた。
心地よさを心ゆくまで味わいたくて、その足でカフェに入り、たまの贅沢であるケーキセットを自分に許した。
あの授業料の支払いが、人生最後の大出費ではなかったのか。
勇人は来年、大学卒業と同時に就職する。
複数の大手企業から早々に内定をもらった上に、四年生になる前にほとんどんお単位を取ってしまったから、今は、アルババイトに精を出している。
就職したら会社の独身寮に入るらしい。
この秋にさやかが結婚し、翌年4月には、勇人が社員寮に入る。
つまりそれは、夫婦2人だけの小さな暮らしになるということだ。
食費だけでなく、光熱費もガクンと減るだろう。
夫が定年退職したら、一千万円にとどかにとはいうものの、まとまった退職金が入るし、その直前に住宅ローンも終わっているはず。
政府あげて定年を延長すると言っているくらいだから、夫は会社に残れるだろう。
現役時代に比べると給料は激減するだろうが、それでも小遣い以上の金額は期待できる。
考えてみると、夫がいうように、お金のことはなんとかなるかもしれない。
そもそも自分は何でも噛んでも心配しすぎる嫌いがある。
子供が2人とも独立したら、お金だけでなく時間の余裕も生まれるに違いない。
自分の時間が欲しい
一人になりたい
これまで常にそう思ってきたような気がする。
子供達が小さかった時は、自由な時間が一時間でいいから欲しかった。
子供達の成長とともにその願いは叶ったが、それでも、いまだに家族に縛られていると缶汁ことがある。
一日24時間全部を自分のものにしたいと、年齢とともに、再現なく自由を渇望する様になった。
50歳の誕生日を迎えた日を境に、人生の残り時間が少ないことを常に意識する様になったからかもしれない。
母親としての生活に区切りがつき、やっと本来の自分に戻れた時は、誰しも歳を取ってしまっている。
残念ながら、人生とはそういうものなのかもしれない。
しかし、夫には定年退職があるが、自分は死ぬまで家事から逃れられない。
昔は三世代同居が当たり前だったから、息子が嫁をもらったら、姑は家事から解放されたものだが、今はそうはいかない。
だが、夫婦2人暮らしになれば、段違いに家事は楽になるはずだ。
洗濯物の量は減るし、家族の人数が少なくなった分、部屋の埃や汚れも少なくなって掃除も簡単に済ませられる。
食事にしたって、栄養さえ足りていれば、シンプルなもので、十分だ。
さやかが出て言ったら、さやかの部屋を自分の部屋にするつもりだ。
結婚後もちょくちょく実家に顔を出すだろうが、近いのだから、わざわざ泊まりはしないだろう。
この3LDKを購入したとき、夫婦2人だけで住む日が来るなんて想像もしていなかった。
家族4人暮らしがお姉さんは、結婚に、弟さんは、就職で独身寮に入ることになり、夫婦2人暮らしになるそうです。
今から、篤子さんは、一人の時間を楽しみにしているそうです。
ですが、家事は、篤子さんの最期までやらなければいけないと。言っていました。家事をやっている皆様、ご苦労様です。終わり 田中 深雪
