書く習慣で脳は本気になる 茂木健一郎著
ロイヤルホストの朝食の和風御膳美味しかったです!
2026年8月7日(金)晴れ p35〜p66迄抜粋
勉強が退屈に思えてしまうのは、その人の勉強法の全てが、定まっていないからです。
時間の区切りもなく、どこまでやったらいいという目標もない。ただダラダラと長時間勉強し続ける。それでは脳は本気になりません。
目指すべき頂上はあそこですよという目標があってこそ、人間は挑戦する気になるのです。
強制や命令に対しては、そうした圧力をもし自分がやりたいものだったとしたらというように自分が作った楽しむべき課題に変換すればいいのです。
例えば、先生からこれをやりなしと言われた瞬間、早々、実はこれ、僕がやりたかったことなんだよねとそり替えてしまう。
しかもただすり替えるだけではなく、それを遊びにして楽しんでしまう。勉強について言えば、強制されてやるものから、楽しむものに置き換えてしまうのです。
僕自身は、子供の頃から学校の勉強をやらねばならないものと思ったことはありませんでした。親から勉強しなさいと怒られてことも一度もありません。それでも学校の成績が良かったのは、子供の頃から課題を与えられた瞬間に、それを自ら楽しんでしまう習慣を持っていたからです。
今でも、脳裏に残っているのは、幼稚園生の頃、教室の小さな椅子に座っていた自分の姿です。その頃の僕の悩みは、上手に平仮名をかけないことでした。我ながら、自分の書く文字をへたくそだんと思った僕は、百ます計算ではありませんが、ますが並んだノート2ページ分にぎっしりとあを書なければ遊びに行けない。と勝手に自分に課題を出しました。
園児みんなが庭で遊んでいる間、一人、あ、あ、あ、あ・・・と延々書き続けていた僕の姿を見た先生は、さぞかしギョッと驚いたことでしょう。最もそれで僕のじが美しかななかったのは非常に残念なのですが・・・
脳は、遊びを求めている!
コンプレックスを逆手に取る。目標を作る。与えられた課題を楽しむ。
怠け者の脳を本気にさせるには、3つの方法があると述べました。
実はもう1つとっておきの方法があります。それは遊びです。
遊びが成功する秘訣だということは、過去の偉人たちの例を見ても理解できます。
ヴォルフガング・アマデウス・モーツアルトは、素晴らしい楽曲を後世に残した天才音楽家ですが、彼こそ音楽を遊びの領域で作曲をしていった彼でした、もちろんその裏付けとして素晴らしいシンフォニーを書くだけの高度な技術や知識、そしてたゆまぬ努力がありました。
僕の尊敬するアルベルト・アインシュタインは、台所でヴァイオリンを弾きながら、考え事をしていたと伝記にも書かれています。そうやって考えていたことが、即、論文に結晶したわけではないでしょうが、やはり遊びの中で自由に生まれる思考は、のびのびとした豊かなものになるのだと思います。
数学者のピーターフランクル氏は、ジャグリングしながらいつも数学の問題を考えているそうです。
最も彼の場合は、数学をやっているといっても女の子には一向にモテないので、ジャグリングを始めたそうなのですが。
彼は、ジャグリングにしても数学にしても、どちらでも成功していますが、おそらくそれらを遊びとして心から楽しめているのでしょう。
かなずしも勉強や仕事に直結する保証がなくても、自分が心から楽しい!と思ったことには、とりあえずはまってみることも必要です。どのようなジャンルであっても、我々は遊びの領域にまでその技術を高めることができます。
自分の専門分野で遊べる段階にまで来ればそれは、脂の乗り切った、円熟した状態にまで到達できているということです。
もしかしたら仕事を一種の遊びとして楽しめなければ、クリエイティブなことは生み出せないのかもしれません。
自分自身がどれくらいその遊びを堪能できているかどうかが、そのジャンルにおいて成功を納められかどうかの分かれ道なのかもしれません。
ちなみに僕のことを少しお話しすると、子ども時代から赤毛のアンや指輪物語、蝶の研究などたくさんのものにはまってきました。
高校時代にはワーグナーのオペラに心酔し、一念発起して、ニュルンベルクのマイスタージンガーのドイツ語を全て日本語に訳してみたこともありました。
学校の成績にもいっさい関係ありませんし、そんなことをしても全く意味はないのですが、その遊びに集中していた時の感覚は忘れ難いものがあります。
ところが、僕が得意げにニュルンベルクのマイスタージンガーを日本語に訳したことを、親友に告げたところ、当時の共通一次試験で全国一位を取ったその天才肌の彼は、冷静にこういったものでした。
それ、ちゃんと日本語のオペラとして歌えるように訳したんだろうね。
実はそこまでは考えていなかった僕は仕方なく、いや、してないと答えるしかありませんでした。
歌えるような訳でなければ、意味がないじゃないかという
彼の指摘は、遊びを極めるためには最もな意見だったのかもしれません。
勉強も遊びにしてしまえば楽しくなる
もう少し僕の遊び遍歴をご紹介しましょう。こんなことをやっていても脳が喜ぶんだと思ってもらえれば、恥を忍んでご紹介する甲斐があります。
僕が小学生時代に楽しんでいたのは、登山記録です。といっても、本当に山を登るわけでありません。ドリルを登山に例えて、400日勉強したら、1つの山に登頂したことにしようと決めたのです。
これは、当時愛読していた雑誌、(山と溪谷社)からヒントを得たものです。山登りが好きだった僕は、雪山の美しい写真が満載の雑誌が好きで、いつも持ち歩いていたのですが、ある時、勉強も登山にしてしまえばいいと思いつきました。
まず紙に山を描き、登山ルートを描き込みます。ここが五合目とか、ここは難所などといった設定も細かく決め、一歩一歩小さな⚪️で描き込んでいくのです。
一日1時間勉強するごとに、その⚪️を1つづつ塗り潰していく。それが、全部黒で塗りつぶされたら、400日(400時間)勉強したことになります。その紙を机の前の壁に貼っておくと、その日から最大400日はその遊びで、楽しむことができます。
他にも中学校時代から大学生くらいまで、自分できの個人オリンピックを開
催したこともあります。
個人オリンピックは3か月に1回行われます。種目はマラソンや短距離、腕立て伏せや腹筋など色々あって、自分で決めた日にちに合わせて、3か月かん、トレーニングを重ねます。
当時は僕も成長過程にありましたから、当たり前のように、毎回新記録が達成されましたが、ある時マラソン競技で、いつもなら六分台だったところが四分数秒にまで縮められたことがありました。
その時の爽快感、身体の感覚は今でも覚えています。
この、個人オリンピックは、1984年のロサンゼルス・オリンピックを持って終了しました。
自分の好きな世界にとことん没頭して遊ぶという経験は、子ども時代の蝶を取るために毎日駆け回っていた頃も大人になった今も、基本的に変わりません。
遊びがワクワクとした精神の高揚をもたらしてくれます。
それを積み重ねていくことで、次第に、遊びの上級者になれるのです。
ちなみの、ハーバードー大学などのいわゆるアイビーリーグの大学における入学者選抜の実態に詳しいある方の証言によると、あるスポーツを自分で工夫し、その記録をとって努力を重ね、自己新記録を長年更新し続けるというような遊びをしている学生は、ぜひ入学してほいいとアイビーリーグでは熱望されるようです。
例えば、でこぼこの道を一輪車で走るというスポーツを考案し、長年に渡って記録更新した学生が、ハーバードに入ったそうです。
その意味では、私の個人オリンピックもまったく無意味ではなかったのかもしれません。
ベストパフォーマンスは脳のフロー状態から生まれる。
陸上競技選手のウサイン・ボルト選手が世界新記録を出した時の走りを覚えていますか。まるで遊びのかけっこのようにリラックしてゴールを切った様子に、世界中の人が驚いたはずです。
あの時の彼のような状態をフロー状態と言います。
完全に集中して最高のパフォーマンスを出しながらも、どこかリラックスしている状態を指します。
フロー状態の一番わかりやすい例は、遊びに熱中している子どもです。
例えば、ゲームなどで遊んでいる子どもは、完全に没我の境地で集中しています。
この敵を倒せば、このラウンドをクリアできる!という時に、子どもに何か話しかけてもほとんど聞いていません。
それほどリラックづしてその遊びを楽しんでいるとも言えます。
このような状況が、実は脳としては最大の力をはっこしているのです。
それは、せいしがかかっているような一大事でも同じことです。
戦国時代の覇者、織田信長の脳も、おそらくはこのフロー状態にあったのではないかと思われます。
相手を倒して自分が生き残るか、あるいは自分が殺されるこというきわどい人生を生きてきた彼も、どこかで、戦い自体を楽しんでいた。だからこそ、
うつけ者と言われた男が、全国制覇一歩手前まで到達したのではないでしょうか。
同時代人にしてみれば、重苦しい、張り詰めた気持ちで、戦に臨んでいたのですから、信長ほど恐ろしい相手はいなかったはずです。
当時に武将には、緊張しつつも最大のパフォーマンスを発揮できる信長のようなタイプを理解すること0は難しい。信長の常識破りの行動は予想のつかないことばかりだったはずです。
先日、救急医療の現場で働いておられる医師の方からお話を伺ったところ、日々、生死の境にある重病人や大怪我をされた患者が運び込まれる現場でもフロー状態は必要のようでした。
その方のお話では、重体に陥っている患者さんを救うためには、自分の持てる力の全てを尽くして治療を施すのはもちろんのこと、どこかでリラックスした状態でなければ絶対にいい結果をちみびくことはできないそうです。
生死がかかりで常に緊張感が張り詰めた現場であっても、どこかでその仕事を楽しんでいるのです。
いざ!という局面で、勝負強い人間になるためには、極限まで自分を追い込む精神力の強さよりは、むしろ自分の置かれている状況を楽しむくらいの余裕を持つことが必要なのです。
この章では、仕事や勉強を遊びにすると脳が喜ぶこと、そのためには自分が好きなことや得意なことに熱中することが特に効果的で、その極限がフロー状態であることなどを述べました。
次章では、いよいよ脳を本気にさせるコツをお話ししていきましょう。
第1章のまとめ
1人間の脳はもともと怠け者である。
2脳が本気になるかどうかは、前頭葉が果たす役割が大きい。
3①コンプレックス、2短調さ3強制や命令といった要因があると、脳は本気になれない。
4脳に本気のスイッチを入れるには
コンプレックスを逆手に取る。
目標を作る。
自分自身の課題を設定するという方法がある。
5脳を遊んでいる状態にすると、勉強も仕事も楽しむことができる
6リラックスしながら集中している。
フロー状態の時に、脳は最大限の力を発揮する。
第2章
脳は記録されたがっている
制約があるから自由を楽しめる
どのようなスポーツにも制約(時間制限とルール)そして記録(スコア)が必要不可欠であるのは言うまでもありません。
実は、勉強や仕事の効率を上げるためにも制約と記録の2つは絶対に欠かせないのです。
意外に思うかもしれませんが、脳はある程度の制約がないと自由に楽しむことができません。
この場合の制約は強制や命令とは異なります。
全てが自由だと返って面白くない。
決められた制約(時間制限とルール)の中で自分なりに結果を出していくことに、工夫と面白みが生じるのです。
子どもの頃には、僕も仲間たちと日がっくれるまで夢中になって野球で遊んでものでした。しかしいくら楽しくても、朝から晩までずっと同じことを繰り返していれば、好きなものでも、飽きてくるし、体も疲れて集中力も散漫になります。凡ミスやエラーばかりになって、台数機な野球も楽しめなくなってしまいます。
ゲームにルールは必要不可欠です。例えば野球で打球が外野フェンスを超えたら、ホームラン、ストライクが3つで、「三振というルールが限定されているからこそ、いつどこで野球をやっても誰もが安心して楽しめます。
それがし。今日は打球が外野フェンを超えたらアウト、ストライいくは4つで三振などとルールがコロコロ変わったら、誰もが楽しめなくなってしまします。きちんとしたルールがあるからこそ、必要に応じてそこから逸脱した変形バージョンのゲームも楽しめるようになるのです。
例えば、本来野球は9人がチームになってプレーするものですが、人数が足りなければ、7人でもいい。あるいは2塁をなくして、三角ベースにして遊んでもいいのです。
近代スポーツというのは、クリケットにしてもサッカーにしても、ほとんどがイギリスで生まれています。
イギリス人はルールを作るのがとても甘くて、どんなスポーツであっても、こうすると面白いというルールをうまく作り出します。
その根底には、決められたルールを守るというジェントルマンシップが流れています。
2018年のピヨんチャンオリンピックで、国民的人気を博したカーリングもイギリス連合王国の1つ、スコットランドが発祥で、カナダでスポーツとして確率しました。見ていると実に面白い。
どちらの石が中心に近いかで勝負が決まりますが、中心から遠い方のチームが自ら負けを認めて、意思をサッと避ける次戦とルマンシップが息付いています。負けを悟った側が自ら認めてゲームが終わるという美学があるのです・
レコーディングダイエットはなぜ成功するのか
スポーツでもうひ1つ記録するべきなのは、スコアです。スコアを記録しなければ、試合は、何イニングす目で、得点は何対何なのか、把握することも難しくなります。どちらが買っているか確認するために、いちいちプレーを中断したら、その競技そのものに集中することも楽しむこともできなくなります。
また成績を記録するからこそ、昨日と今日の違いをはっきりと認識できます。
昨日より良くなったから、明日はもっと頑張ろうと励みにすることもできるし、自分の実力も客観的に捉えることができます。
例えば、野球のシーズン中のヒットの記録が曖昧だったらどうなるでしょうか。
すみません。ちょっと記録係がヘマをしてしまいまして、正確な記録が保管されてないんですよ。
多分今のところ180か190か、ま、それくらいだと思います。
あと10本か20本で2000本になりますので、よろしくお願いします。
そんなふうに言われて本気になれる人はいません。
記録することは、メタ認知を働かせることに他なりません。自分をあたかも
外から観察しているかのように認識する能力。これをメタ認知と言います。
買って評論家の岡田斗司夫さんが実践して話題になったレコーディングダイエットはひたすら食べた物を記録していく方法でしたが、それは脳の働きから見て理に適ったダイエットとも言えます。
自分が毎日何を口にしているのか、事細かに現状を把握する作業ですから、ダイエットしている自分をメタ認知している事になります。
レコーディングダイエットは、ダイエットと知ってもただひたすら記録するのみ。
それなのに、岡田斗司夫さんは、食べた物と体重を毎日記録しただけで10キロも痩せたそうです。
先に述べたように、スコア=記録はらゆるゲームに欠かせない要素です。
僕が20歳前後にやっていた記録系の遊びに自分GDPがあります。
自分がやっていて意味のあるとみなした様々な活動の時間と結果を計算SI、一日の自分GDPとしTE概数を割り出し生産性指数を1・1
、1・2、1・3、低ければ、0・9、0・8、0・7とします。
そのルールはもちろん自分で決めます。
僕には昔から、モーツアルト・モードと読んでいる状態がありました。
周囲から、今日はお前、ちょっとハイテンションすぎるぞと言われるような、行動も精神も勝手に暴走してしまっているような状態です。その時が、自分GDP的には、だいたい最高の1・3レベル。反対に今日はどうもやる気が出ないというローテンションの時には、最低の0.7のレベルがつきます。
これを基準にして、毎年、自分GDPを割り出す活動を青春時代に行っていたのです。
結果的に、この自分GDP計算は二年間で、終了しました。飽きた、というよりもわざわざ記録せずとも自分の脳の活性化状態を理解できるようになったからです。
今日は、1・3レベルで絶好調だなとか、今日はどうも、0・9レベルだ。はましないようにしようなどというように、体感覚で察することができるようになったのです。
この経験を通じて、僕は2つの大切なことを学ぶことができました。
1つは、人間というのは生産性を高めることができるのだということ。
もう1つは、不調な時には無理をして作業を続行するよりは、気分を切り替えて別の作業に集中した方がいいということ。
何かの作業をしていて、どうもやる気が出ない。0・7レベルだなと思ったら、別の作業に切り替えてみると、途端に、1・3レベルの成果が出せたこともありました。
僕は、いつもストップウォッチを利用しての勉強法をお勧めしているのですが、これも自分の仕事の効率に対するメタ認知を高める方法です。
ある原稿を書いていても、どうも詰まってしまって順調に進まないなと思ったら、パッと席を立ち、別の作業をするなりシャワーを浴びるなりして気分を変えた方がいいのです。
そのためには、常にストップウォッチを用意しておき、ある程度の時間が経過したら、機械的に一度作業を止めて、改めて、再び作業を開始する習慣
を身につけると効果的です。最も、メタ認知の感覚がつけば、もうストップウォッチは入りません。
そういう意味では、仕事や勉強の引き際に良さを身につけることができたのは、記録する経験がベースにあったからなのです。
名人は生き様を記録する。
僕以外の話もしておきましょう。
新橋で、京味を営んでいる日本料理の巨匠、西健一郎さんにかってお話を伺ったところ、彼はその日に出した料理の
数々を、その夜のうちに全て記録しているとのことでした。
それは同じ、お客さんに二度同じ料理を出さないための、西さん流の決め細かな配慮でしたが、西さんほどの巨匠でも書くという作業を通じて自分の行動を記録されていることに、その仕事に対する真摯さを感じ入ったものです。
文化勲章を受賞した京都学派の故・梅原猛さんにお会いした時に、記録について面白い話を聞きました。
梅原さんは大学院生の時に学生結婚したのですが、給料は文部省(現・文部科学者)から支給される研究費だけで、当時、生活に余裕がありませんでした。それにもかかわらず、当時、将棋の駒を使った野球ゲームに、熱中していて、想像上の野球のリーグ戦の記録をノートに取っていたそうです。
それが奥さんに見つかってしまい、あなた、何やっているんですが、と怒られたそうです。
結婚して一家の大黒柱にならなくてはいけないのに、あの偉大な梅原さんが将棋の駒を転がして、野球ゲームに熱中し、記録を取っていたとは、なんとも微笑ましい話です。他人にとっては何の意味もないことかもしれない。
そういう独り遊びは誰かに評価されるためにやっているわけではありません。
それでも、人生のある時期にそうした独り遊びをしておくと、後々の人生で思わぬところで、仕事につながっていくことがあります。
これまでご紹介してきた記録系の遊びは、そのほとんどが独り遊びに近いものでした。
これらの記録系の遊びには、ある共通点があります。
それは、過去を振り返らない事
レコーディングダイエットは、ダイエットを遊びとして楽しんで取り組めることが、成功の確率を高めます。
したがって、結果が出せなくて、なんて自分はダメなんだ。と落ち込む必要も、ダイエット中に、今日はこんなに食べてしまった・・・
と後悔する必要もないのです。
結果がさんたんたるものだったとしても、それを反省して次に繋げよう、と真面目に考えなくてもいいのです。
反省も時には必要ですが、あまりやりすぎると後ろ向きの思考法が身に付く、弊害があります。
インターネットは遊びをビジネスに変換した。
記録を遊びにしてビジネスチャンスを広げているのは、インターネットのサービス事業です。
なぜこれほでまでにツイッターやフェイスブック、インスタグラムが人気を博したのかということについて考えを巡らせたところ、1つの結論に達しました。
ユーザーは記録することの魅力を、ツイッターやフェイスブック、インスタグラムに見出したのです。
現在多くの人が、あたかも日記のようにネット上で自分の行動や思いつきをつぶやいています。
もし、インターネットがなかったら、ノートに自分の日記を書き綴っていたかというと、おそらくそうではないでしょう。
一人で書く日記は、読む人間も基本的に自分だけですが読者がいません。だからこそ、自分の本音がありのまま書ける利点がありますし、
長い文章を書くことで、確実に文章力もアップします。
書くことで、勉強や、仕事を楽しめるように頑張りたいと思います。
田中 深雪
