今日は明太玉子焼きを作ってみました!
今日は、よく晴れた一日でしたね!
2026年8月21日(金)p169〜p200抜粋
濃いピンクの久留米鶏頭が、ビロードのように艶やかだった。
その隣に、紫紺の竜胆と赤黒い吾亦紅を添えると、秋らしい濃厚な色合いになった。
最後にきれいに揺れる白いコスモスを配置して出来上がりだ。
ふラワーアレンジメント教室の中は、時間の流れがゆったりとしている。世知辛い俗世間と遮断される空間は心地が良かった。
秋の花々を見つめているうち、夕暮れ時の人恋しさに似た感情が浮き上がってきた。
この時間、さやかは何をしているだろうか。
楽しく暮らしているのだろうか。
今夜あたり、電話してみようかな。
講師の城ヶ崎は、今日も素敵な装いだった。木綿の白いブラウスなら自分も持っているが、戦前の症状を連想させる代物だ。
しかし、城ヶ崎のは、白地に白糸で施された緻密な刺繍がまるで休日作品のようだった。
きっと値段が1桁違うのだろう。
先生、今日のブラウス、すごくきれい。
教室の右の方から黄色い声が飛んだ。
あら、そう?どうもありがとう。
微笑むと、いっそう華やいで見える。
このブラスは古いものなのよ。昔の日本製は、木綿の質が良くて、縫い方も丁寧だから、今も大切にしているの。
いいなぁ。
私も欲しい。
素敵だわ
あちらこちらから、羨望のため息が聞こえてきた。
そういえば、うちの母もと、30代後半と見える上品な女性が城ヶ崎に微笑みかける。
古いものを直しに出して、最近のデザインに作り替えてもらってるんですよ。
きっと、その直しだとやらは、自分のブラウスの何倍もするだろうと篤子は思う。
昔の物をいつまでも使い続ける。そんな慎ましやかな暮らしも良いものですね。
そう言って、城ヶ崎はにっこり笑った。
慎ましやか?
そもそも、城ヶ崎は、そのブラウスをいくらで買ったのか、きっと目玉が飛べるほど高かったのではないか。
だったら慎ましやかな暮らしとは一体何なのか?
頭がコンガラがってくる。
その時、さつきがすっとそばに寄ってきて、小声で言った。
私はお直しに出したいほど上等なブラウスなんて持ってませんから、生地が痛んできたら扇風機を拭いて捨てます
さつきの言葉は一瞬にして頭をスッキリさせてくれた。
だよね。
その日の帰りガレットの美味しい店があるとさつき案内してくれた。
篤子さん お葬式大変だったでしょう。お疲れ様でした。
さつきは心から労わるように言ってくれた。何年か前に舅の葬式を出した経験があるから、その大変さがわかっているんだろう。
2,000,000円以上も飛んでしまったのよ。ため息混じりになる。
そうでしたか
驚いた風もなくさつきは応じた。
お葬式に2,000,000円だよ。高いと思わない?
同意を得たくて、もう一度繰り返してしまった。
どうでしょうか?平均してそれぐらいが普通じゃないかと思いますが。
うん、まぁね。確かにそうなんだけどね。
言われなくてもわかっていた。2,000,000円が常識の範囲なんだってこと位。
しかし、
予想に反して、参列者は驚くほど少なかった。100人は来ると言ったのは志々子ではなかったか。
蓋を開けてみれば、夫の会社関係の数人と、櫻堂の研究所の数人と、姑の知り合いが3人ほど来ただけだった。舅は、7人兄弟の末っ子だが、兄も姉も全員が既に他界している。
姑には、兄が2人いたが、いずれも若くして戦死している。
九十九里に移り住んで20年以上経つことで、浅草時代の知り合いとは疎遠になっていた上に、舅と同年代の仲間のほとんどが既になくなっていた。
姑の知り合いは、まだ元気な人もいるにはいるらしいが、きちんと喪服を着て、参列するほど達者ではないらしい。
家族葬で充分だったのに。
篤子はため息を漏らした。
家族葬も同じ位取れるって聞きましたよ。
さつきはそう言うと、ベーコンと卵子が乗ったそば粉のクレープをナイフで、小さく切り分けて口に運んだ。
同じ位?そんなのおかしいじゃない。ですよね。でも今後は変わっていくと思いますよ。
お墓さえいらないって人が増えてるらしいね。
香ばしいそばの香りを楽しみながら、篤子はバナナと生クリームの載ったガレットを切り分けた。
お寺にもかなり払ったのよ。檀家になってるのが格式の高いお寺でね。和栗堂の先代が信心深い人だったとかで、お布施を惜しまなかったらしいの。
だからか、住職も、今後もそういった付き合いが続いていくと思っているみたいで、院居志の戒名で600,000円も取られたの。
お布施や心付けも含めると950,000円に膨れ上がったんだよ。
じゃあ全部で3,000,000以上かかったんですか?
信じられないといった顔で、さつきは首を左右に振ってから、はたと動きを止めた。
いや、それも相場かもしれないですね。特別に高くは無いかも。
うん、そうらしい。それに・・・・
言い淀むと、さつきは、フォークを置いて、それに?なんですかと先を促した。
墓石が高くて、涙が出そうだった。
あれ?て先祖代々のお墓があるんでしょう?
墓に関しては、篤子だけでなく、夫までもがうっかりしていた。
舅は婿養子ではなかった。
戦前から和栗堂で、丁稚奉公していたのだが、苗字を変えるのを嫌がったのだった。だから、和栗堂に同居していても、苗字が違うのだ。
栗田家先祖代々の墓と言う墓碑銘を昨今はやりの無我やら、一期一会などに変えて、異なる苗字の人間でも愛想できるようにしたらどうかと提案したんだが、住職に一蹴されてしまった。だが、浅草のぼっちは高価だったので、とても買えそうになかった。
夫はどうにか住職に頼み込んで、栗田家の広めの墓地の片隅に、後藤家の墓標をやっとこさ建てることができたのだった。
それは大変でしたね。でも・・・・
言いかけて、途中で辞めるなんて、さつきには珍しいことだった。
でも、何気になって、思わず前のめりになった。
今時の年寄りは、自分の葬式代位残して死ぬのが普通ですよね?だから高
くついたと言っても、嫁の私がもうこう言う筋合いじゃないって言いたいの?
えー、そうです。
それがね、今回は全額うちが出したのよ。
どうしてですか?まさか葬式大災残しておいてくれなかったとか?
素直な物言いが嬉しかった。亡き舅いや、身体が弱っている姑の悪口を言うのは憚られるから、今までずっと誰にも言えないでいた。
今まさに、舅姑を悪く言ってもいいと許可をもらえた気がした。
夫の両親はすっからかんなの?
えつ、どうしてですか?
浅草の土地が2億円で売れたんでしょう?
お姑さんが亡くなった後、それを兄弟で折半すれば、1億円ずつもらえますよね。そうなつた時は、焼肉でもおごってもらおうかな?なんて夫と冗談言って笑ってたんですよ。
二億円はね、贅沢三昧の日々と超高級老人施設の入居一時金や月の料金で消えたの。
ほんとですか?どうしてまだそんな高い施設に
これほど長生きするとは誰も思っていなかったからよ。
身内の恥をさらすようで、その事はさつきにさえ話していなかった。
それは大変でしたね。
誰かに相談したい気持ちが強くなっていた。
このままでは老後が不安でたまらない。
さつきなら良い知恵を持っているかもしれない。
本当に大変なのよ。実はね・・・・・
気づけば、月々90,000円の食料を始めとして現状払いじゃない話していた。
でも、篤子さん九十九里の一戸建ては空き家のままなんでしょう?あれを売ればいいんじゃないですか?
売っても5,000,000円位にしかならないらしいの。
安くたって、売ってソス費用に当てればよかったじゃないですか?
私もそう思ったんだけどね…
志々子にもう反対されてしまった経緯を話した。
困った義妹さんですね。
篤子さんのほうは月々の仕送りも大変なんでしょう?
だったら、家からでも家を売って、ケアマンションの費用に当たればいいと思います。あつ、でも・・・
さつきは、宙を睨むと、独り言のようにつぶやいた。家を売った。5,000,000円で施設代が何年ぐらい持つんでしょう長生きされるとまたすぐになくなりますね。
さつきは、自分の言動に心底驚いたように慌てて言った。
あ、ごめんなさい。私したら言い方が露骨でした。
いいよ、全くその通りだもん。
子供たちが小さかった頃、何度か和栗堂の金つばをいただいたことがありましたね。
ひどいことを言ってしまったと後悔したのかサスケは急いで話題を変えた。
あれは本当においしかったです。甘いものが苦手な私が言うんだから間違いありません。
私も和栗堂のファンだったよ。もう一回食べたいなぁ。老舗が味がなくなるのは残念だよ。
私が篤子さんだったらきっと店を継いでましたよ。
あら、他人事だと思って
すみません。ですけど、うちはベーカリーを開業してから苦労続きですからね。
商売っていうのは、思っていたよりずっと大変です。
そこへ行くと、和栗堂なら昔ながらの固定客もたくさんいるでしょう。
老舗という言葉の持ち重みが、昨日今日で作れるもんじゃないから商売り上げの最強の武器ですよ。
誰も繋がないなんてもったいないです。
簡単に言ってくれるわね。
睨む真似をして見せたが、実は自分も最近になってそのことを考えるようになっていた。
もしもあの店をついていれば、今頃どんな暮らしをしていだろうと思うことがある。若い頃は、古い暖簾に、何の価値も見出せなかった。
饅頭屋なんて格好悪くて告げるかよ。俺は自由に行きたいんだ。
当時は夫と同じ考え方だった。バブル景気でイケイケドンドンの世相にもろに影響され、明るい未来を自力で切り拓いて行けると信じていた。
そして、老舗の和菓子屋の嫁ともなると、夫側の家族の歯車の1部として組み込まれ、自分を殺して生きていかなければならない。
きっと昔からのしきたりや近所付き合いにがんじがらめにされてしまう。
想像しただけで嫌悪感でいっぱいになり、それは恐怖心と言い換えても良い位だった。
だが、本当はあとついた方が、夫の自分も会社勤めをするよりは、もっと自由に楽しく生きられたのではないか。この頃時々そう思う商売で苦労している人からは、何を甘いことと一笑に付されるかもしれない。
だが、会社勤めでは得られない。創意の楽しみやものづくりの達成感があり、努力が儲けに結びつくこともあるだろう。
そうなると、やりがいだって、サラリーマンの比では無では、ないのではないか。少なくとも自分のパート勤めよりは、手ごたえがありそうだ。
それより何より、土地も家もあるから、住宅ローンに追われることもない。だとしたら、それほどもわからなかったしても、正しく食べていけたのではないか。
店をついていたなら、さやかははつらつとした性格になっていたかもしれない。
看板娘として自分に自信を持ち、明るい子に育ったのではないか。
もしくはソフィア、父から職人として厳しく、仕込まれ、いっぱしの和菓子
職人になって自立できたかもしれない。
形や技術のノウハウを、最も身近な心臓から学べるのはありがたいことだ。
自分の経験から言っても、会社員になると様々な能力は求められる。
今やパソコンが使える事は大前提だし、社内の厳しい人間環境をうまく渡っていける協調性や、できることなら上司に好かれる可愛げや部下に慕われる豪胆差があり、残業等は無い。強靭な体力・・・・数えあげたらキリがない。
そこへ行くと、舅にそんな能力などどれ1つとしてなかったように思う。
頑固一徹で誰とも口を聞かず、黙々と饅頭を作っていた。
そうであっても、一郎の和菓子職人と言われ続けた誇り、高い人生だった。
さやかの気弱な面を思い出すたび不憫になる
この先、ことが生まれて、母親になり、主婦として家庭を切り盛りしていけば、自信やふてぶてしさが少しは身に付くのだろうか。
さやかの夫は、舅の葬儀には来なかった。舅とは会ったこともないから、わざわざ会社を休んでまで参列する必要ないと考えたのかもしれない。
久しぶりに会ったさやかは、喪服を着ていたこともあり、ずいぶん美しくなったように感じた。だから今思うと、あれは単に痩せただけかもしれない。肌が透き通るように白くなっていたが、青白かっただけではなかったか。葬儀の場だから、笑顔が出なくて、当然ではあるが、それにしても、横顔に翳りが見えた気がしてならなかった。
篤子さん、すぐに49日がやってきますよ。
さつきの声で現実に引き戻された。
それを考えると頭が痛いよ。その先も1周忌3回忌7回忌と法事があるんだもんね。
49日には、香典返しもしなきゃならないでしょう。
今時バスタオルや趣味に合わない食器をもらって喜ぶ人なんかいないよね。
ですよね。メルカリに直行ですね。
問題は高額の香典くれた人よ。30,000円の香典をくれた人に半額返しとなる。
やっぱり毛布ですか?
私ならいらないけど、毛布か夏、掛け布団以外には燃え浮かばないわね。
無駄な習慣ですよね。品物を選ぶのも面倒だし、住所がわからない場合は調べるの。も煩わしいし、もらう方だって嬉しくないですもんね
さつきが、ふうっと息を吐き出す。それなのにどうしてこんなことをみんな続けているんでしょう。
だよね。うちの旦那はデパートのカタログにしたらいいんじゃないかって言うんだけど。
昨夜、夫は家にそう言ったのだった。そんなの簡単なことじゃないか、一体何を悩んでるのかといった口調だったので、頭に来た。
結婚式や葬式のたびにあのカタログをもらいますけど、あの中で欲しいものがあった試しがありません。
定価販売だから、あれでデパートはボロ儲けしてますよ。
篤子はシードルを飲み干してグラスをテーブルに置いた。その時、さつきの舅が亡くなった数年前のことを思い出した。
香典を包んで持っていったんだが、辞退させてもらいたいと返されたのだった。
さつきちゃんは、お舅さんの時はどうした?
香典は全て辞退したので、お菓子は必要なかったです。うちのお父さんはまだ元気な頃から、香典はもらうな葬式に観念をかけるな口を酸っぱくして言ってたんで。
さつきの舅が繊災孤児となってから辛酸を舐めて生き延びた事は、これまでも何度か聞いていた。そのためか無駄遣いを極端に上がったと言う。
爪に火を、ともす生活の中で、お金を貯めては、土地を少しずつ買い足し、3人の子供、それぞれに、土地を分け与えたと聞いている。
さつき夫婦が結婚してすぐに店を開けたのは、そのお陰らしい。
お義父さんが亡くなった時は、葬儀者で安置室を借りて、親族だけでお別れをしたんです。
出棺も霊柩車ではなくて寝台車を借りました。
焼き場に行く時も、マイクロバスじゃなくて、それぞれの自家用車で行ったんです。
やっぱりすごいね、さつきちゃんて。普通はそういうものなかなか思いつかないよ。
口では感心しながらも、心の中に抑え切れないほどの後悔が、押し寄せてきていた。
どうして自分もさつきのように、簡素な組織にしなかったんだろう。
私は考えたんじゃありませんてば。生前お父さん自身がどうやったら安く上がるか試行錯誤してたんです。葬儀社をいくつも当たって見積もりを取っていました。1番安いところと生前契約するんだろうと思ったら、どこもかしこも高いから、俺は葬儀屋には頼まないと言い出したんです。
もし、さつきの舅と同じように、簡略な葬儀をしていたならば、志々子は何と言って詰っただろう。
不機嫌な顔が頭をよぎる。
お姑さんやご主人のお姉さんや弟さんは反対しなかったの?
それは大丈夫です。だって盆暮れにみんなが集まったときに、お父さん自身が自分の葬式の話ばかりしてましたから。
なんと言う違い。浅草の土地代2億円を使い果たした実際知らないまま舅とは逝った。
具体的には、どう言ったお葬式をしたの?
普通は、斎場で荼毘に付されている間に、式場に戻って精進料理をいただきますよね。
そういうのもうちはやらなかったんです。お骨上げまでの2時間は、駅前の適当なレストランで食事をしました。それは主人の姉の提案です。
それはいいわね。あのちまちました懐石料理が5000円するんだもん、もったいないよ。
そう言うと、さつきはおかしそうに声を出して笑った。
私何か変なこと言った?だって5000円も出したら、家で、和牛ステーキが食べられるじゃない。
懐石なんて、高野豆腐だとか干し椎茸だけの煮物だとか、茶碗蒸しだとか、単なる古臭い家庭料理じゃないの。
ほう、さつきは微笑みを消し、感心したように首を振る。
篤子さんは和食がお得意なんですね。
どこ行ったほどじゃないよ。ただね、家庭で作るものに5000円もったいないでしょう。
私は懐石料理、大好きですよ。だって高野豆腐も欲しい茸も自分で使ったことないですもん煮るのが難しそうで。
えつ、そうなの?いろんな人がいるね。世の中って。
篤子がそう言うとさつきは朗らかに笑った。
うちは、主人の姉が形式にこだわらない人だから助かりました。
葬儀によって、色々階級があるのだなって思いました。
私も、用意しとかなくてはと思いました。 田中 深雪
